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客分留学生
さて、結婚式の銀盃花の花冠の話で二人が大いに盛り上がっていると、上の階からハンネローレと領主夫人の話が終わったらしく二人が降りてくる気配がしました。
ローゼマリーとクラアーラは、慌てて台所から出ると階段の下で二人を出迎えます。
エントランスから玄関を開けて四人が外に出ると流石に空はもう暗くなっていて、ハンネローレは領主夫人とクラアーラを官房塔の門衛のところまで送って行き、後に残ったローゼマリーは後片づけをしながらハンネローレが帰ってくるのを待っていました。
疲れた顔でハンネローレが台所に戻ってくると、ローゼマリーは興味津々で質問します。
「ハンネローレ、ところで一体、領主夫人からは何のお話だったの?」
ハンネローレは、台所の机の上にあった Die Bembelから、林檎酒を Das Gerippteに一杯に注ぐと、勢いよくそれを一気に飲み干してからローゼマリーに向かって言いました。
「それがね、突然の話なのだけど我が家の Der Erste Stockあそこは今、何にも使っていないでしょう?だからね…あそこに am Mainの大学に通う予定の Das Ostasienからの留学生を二人下宿させて欲しい…って」
「まあ、東亜細亜からの留学生?すごいわ。それでどこの国の学生なの?」
「それが、Zipanguっていう名前の国から来る医学生ですって」
「わぁ、すごいじゃない。Die Asiatenの留学生だなんて、おもしろそうだわ。それに、私達いつか二人には広すぎるこの館を下宿屋にしてみようかって、話もしていた事あったじゃない?でも、今大学は夏学期の途中でしょ? なんだか随分中途半端な時期にやって来る留学生なのね」
「そう…そうなの。そう、なんだけど…」
「それで、いつから?」
「ニ週間後からですって、ずいぶんと急な話なの。実はその医学生達は随分と優秀で帝国政府からの特別招待学生として、始めは領主様のお城の客人として滞在する予定だったそうなの。ただ、これは未だ公になっていない秘密の話なのだけれど、今 am Mainで行われている帝国議会の会議が終わったら、どうやら Kaiser Adolfが、この町へ御僥倖なさるらしいの」
「皇帝陛下が?この町へおいでになられるの?それはすばらしい話だわ!ねえハンネローレ、Kaiser Adolf Platzの、噴水の天辺にある黄金のライオンの口から林檎酒が十二年前の皇帝即位式の時みたいに、又、溢れだすのかしら」
「そうだといいわね。でも、それによって、その留学予定の医学生達の泊まる部屋が、お城に無くなってしまったってわけ。陛下はお忍びのつもりで来られるらしいのだけど、それでも随分沢山の人が御伴として領主様のお城にやってくるらしいから」
「なるほど。そういうことなのね」
「ただ、その医学生達は、あくまで帝国政府からの招待で、この国へやって来る客分留学生だから相手国である Zipanguとの外交上的に決して粗略に扱ってはいけないという確固たるヨハネス伯爵のお考えもあってね、 このトーネンガー館ならば、この町で一番の歴史ある建物だから城の代わりに、その医学生達に下宿してもらっても失礼にならないだろうって、そう領主夫人はおっしゃるのよ」
「そうね。でも Der Erste Stockは、もう随分と長い間、誰も使っていないから、かなり汚れているわよ。全部の壁を塗り替えたり、椅子の張り替えをしたり客室の寝台用マットを新しくしたり、その他もろもろの改装が必要になるわ。そうなると結構な費用も掛かるわよ。どうするの?」
「うーん。それが費用的な事は全く心配ないのよ。驚くほどに気前がいい金額の下宿代金と学生達の滞在費用は Zipanguの Das Shōgunatが、全額前金で明日には私の銀行口座に振り込んでくれるそうよ。おまけに改装費用については驚くべき事に事情を知った皇帝陛下が、帝国政府の予算から全額出すようにと指示をして下さったらしいの。まあ、こっちについては例によって幾つかの面倒なお役所書面での費用請求手続きの後で支払われるらしいのだけど…」
「まあ、皇帝陛下が?直々に我が家について気に掛けて下さるなんて、すごい事じゃない!」
「それでね、改装業者に到ってはヨハネス伯爵が直々に手配して下さるって…」
「あらま。でも、たかが留学生に対して破格の待遇が過ぎるんじゃないかしら? 領主夫人に、ご領主様に、おまけに皇帝陛下までって…いくら事情が事情とは言え、少し大げさすぎるわ」
「そうね。それに突然すぎて、なんとなく私は乗り気になれない気分なの。ローゼマリーあなたはどう思う?」
「でも、領主夫人には承諾してしまったのでしょう?」
“Jainnn…”
(びみょぉお…)
“Mach dir keine Sorgen, es wird schon werden!”
(心配しないで、うまくいくわ。)
何かを確信したように自信をもって笑顔できっぱりと、そう言い切ったローゼマリーを見てハンネローレはそれ以上、何も言わずに少し安心したように、ただ、頷くのでした。
それからその後、二人は揃って台所へ降りていき夕飯を食べました。
上の階にはちゃんとした食堂もあるのですが、仕事が忙しい二人暮らしなので金曜日の夜の魚の夕食と週末のお肉の夕食以外はハンネローレとローゼマリーは、こうして夕食を台所で済ませる事が多いのです。
ちなみに、その日の夕飯の献立は Kochkaesebrotmit roten Zwiebeln、ハンドチーズなんて呼ばれている、この地方特産のチーズにバターを加えて鍋で温めて溶かしたところに適当な温度で2種類の凝乳を加えて、ライ麦パンの上に乗せた物に荒みじん切りのたっぷりの赤玉葱と細ねぎのみじん切りを、ちょっぴり散らした物でした。
それと Die Roggenbrotscheiben mit dem Gaense SchmalzにDer Apfelweinという、まあ、いつもの我が家の夜の食卓の風景ですね。
ちなみに我が家は、平日の夜はいつも Kaltes Essenなのです。
そして私ラニイの夕食の献立はいつもの Das Katzen-Trockenfutterと水でした。
ist mir doch egalMuff
しかし、この館がついに下宿屋になるのだなんてねぇ…。
急転直下の出来事でびっくりですよ。
その上に聞いた事もない亜細亜の国からの留学生だなんてねぇ。
そんな事を考えながら、私、ラニイは、これから起こる恐ろしい出来事の数々の事など夢にも思わずに、その夜はローゼマリーのベッドの足元のところに置いてある猫用の寝床 Das Kissenの上でワクワクとしながら眠りにつきました。
写真は私物(無断転載は禁止)
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【後書き】
Kochkäsebrot mit roten Zwiebeln(ハンドチーズ)はヘッセン地方の郷土料理です。
Die Roggenbrotscheiben mit dem Gänse Schmalz(鵞鳥の脂身)は、鵞鳥のラードです。パンにつけて食べます。最初はラードをそのままパンに付けて食べるのか…と思いましたが、結構はまるとおいしいです。焦がした玉ねぎやカリカリに焼いたベーコンや細切りにしたリンゴ入れることも有ります。(これ何どこかで売ってないかなあ…。)
Das Gerippte《菱型切子模様(ひしがたきりこもよう)の林檎酒用グラス)
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