12人が本棚に入れています
本棚に追加
犬丸は犬のような男だった。百七十センチの私の頭一つ分小さい、きらきらした目をしている。誰からにも好かれ、誰にも柔和な態度を取っている男だ。一か月前に入門してきたものの、私は別室で基本鍛錬を積んでいるため――師範の配慮で、私はトレーニングルームという名の個室を与えられていた。――彼の噂は聞き及んでいても、実際目にするのは初めてだった。
「貴方は?」
「犬丸辰巳っす!」
「そう。……ま、いいわ。やりましょうか」
道場内で話題になっている男が、どれだけの実力を有するのかを確かめたいという意味合いも含め、私は彼との試合を承諾したのだ。
結論から言うと、私の圧勝だった。
試合開始とともに、直球で斬りかかってくる彼の動きは読みやすかった。逆に罠なのではないかと疑ってしまうほどにまっすぐで、簡単に私は彼の小手を打ちこむことができた。
ま、こんなものかと私は思う。所詮は入門一か月だ。
私に勝てるはずがない。
「出直してくることね。じゃ」
「ちょ、ちょっと待ってくれっす先輩!」
呼び止められるも、私は黙殺する。一分一秒も惜しいのだ、小者に付き合っている余裕なんてないのだ。
大抵、私に興味を持った奴は、圧倒的な実力差の前に去っていく。そして孤立していく。いつもの流れだし、改善するつもりもない。
犬丸に至ってもそうだろうな、と思っていたのだけれど。
最初のコメントを投稿しよう!