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新学期。新しい教室の中はまさに浮ついた雰囲気で、我が級友らはこれからの輝ける学生生活に、期待を膨らませているようだ。クラス替え、新しい友達、思い出作り。 しかしそれらのものに俺は全く興味を持つことはない。楽しい思い出など求めてはいない。俺は勝つ事だけに関心を寄せているのだ。勉強でも、スポーツでも何だって良い。勝利の味は良いものだ。目的を持てない空虚な心でも満足感で充たされていく。この感覚の前では、全てが些事なのだ。 「やあ。今年も同じクラスになれたね。」 いや、前言撤回だ。俺の目の前に現れたこいつだけは別だ。こいつには俺も意識を向けずにはいられない。こいつと同じクラスになれた事だけは、神様に感謝しなくてはならないだろう。 「おう。またお前と一緒になれてうれしいぞ、秀一。」 同じクラスになれた事を純粋に喜んでいるわけではないが、そんな言葉を目の前の男に返してやった。 切れ長で涼しげな瞳、さらさらで艶のある黒髪、ほっそりとした顔の輪郭。 女子が詰襟の制服を着ているのかと見紛うばかりの優男。きっと、悩みなんてまったく無いのだろう、苦労したことが無さそうな面構えだ。しかしながら、同い年とは思えない大人びた雰囲気を纏っている、変わった奴だ。 そんなイケメンが口の端を上げながら笑いかけてくる。何て憎たらしいニヤケ面だ。しかし、クラスの女子には魅力的な笑顔として人気があるらしく、それがまた俺には面白くない事だった。 「3年連続同じクラスになるとは、腐れ縁も良い所だな。秀一、お前を打ち負かしてやる時が今から待ち遠しいぞ。」 「な、何でそんな毎回喧嘩腰なんだ?もっと落ち着いて話が出来ないのか?」 (何言ってやがる、落ち着いていられるわけが無いだろうが!) 俺は勝つことが大好きだ。大好きなのだが、しかし、こいつに勝てたことは今まで無いのだ。認めたくはないが、どんな事でも巧みにこなしてしまう万能な人間なのだ。 だがしかしながら、彼我の差はそこまで大きく離れたものではなく、いつも僅差で負けてしまうことが多かった。どうしてもあと一歩が及ばないのだ。勝つ事で得られる優越感だけにしか興味が持てない、自分というつまらない人間では、ここが限界なのではないかと思ってしまうこともしばしばある。 そんな弱気な感情は押し込めながら、努めて冷静に、 「落ち着いてるとも。ところで秀一、来月の中間テスト勝負しないか?」 「え?別にいいけど、来月なのに気が早いな。」 「まあ、俺はもう試験に向けて準備を始めているからな。備えあれば憂いなしってやつだ。」 「お前はその辺しっかりしてるよな。計画性がある。なあ、お前は将来の夢とかあるのか?」 急に痛いところを突かれた。俺は勝つ事以外に興味が無い、中身空っぽ人間だ。この話題はまずいと思い、取り繕いながらこの場を立ち去ることにする。 「…もちろんある。そのためにも、今日はこれからやる事があるからもう帰るよ。」 「…そうか。わかった。また明日。」 一瞬、秀一が寂しげな目をしているように見えたが、ありもしない夢について具体的に突っ込まれないうちに、そそくさと教室を後にした。
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