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#1 お坊ちゃまは知らぬが突然の通告
「聡美、家の前に凄い外車が止まってるぞ!」
結衣は怪訝そうな顔で聡美に話しかけた。
それは、ごく普通のなのだ、彼女達の住む家には外車などに乗って来る様な人間は、場違いな所なのだからである。
「地上げとかかなぁ」
「面倒だなぁ」
「無視して行こう」
聡美と結衣は外車を横目に家の門へと入って行く。
しかし玄関の前に、1人の紳士が立ちはだかっていた。
「あのう勝手に玄関の前に立たれても困るんですけど・・・」
仕方が無く聡美が声を掛けると、紳士は微笑みを見せ、丁寧なお辞儀をした。
そして振り返り建物を見上げながら、結衣と聡美に非情な宣告を告げるのだった。
「申し訳ありません、此の孤児院施設は先日より我社の物になりまして、取り壊しのご報告に参りました」
「どういう事でしょうか?」
突然の言葉に言葉を失う結衣、辛うじて事情を知りたいと声に出せた聡美。
どちらも頭の中はパニックに陥ってるのは間違いが無かった。
「どうぞお入り下さい、中でご説明しましょう」
2人の少女と1人の紳士は建物の中へ入った。
居間のソファーに座った3人。
結衣は心を落ち着かせてから、静かに聞いた。
「それで、お宅は?」
「失礼しました、私は仙道仁【せんどうじん】、伊藤家に使える執事で御座います」
「それで取り壊しとは、どう言う事なのでしょう?」
聡美は納得が行かないと言う顔で仁へ質問をする。
「まず、今までここが運営出来たのは先代の当主が、資金援助をしていたからという事を、ご理解下さい」
「はい」
結衣と聡美は、その事実を知らなかった物の、仁の目に見えない何かが2人を素直に頷かせていた。
「数週間前、当主が亡くなり、現当主は息子様に継がれました、まだ幼いので経営は叔父、先代当主の弟様が行っております。」
「はい」
「その叔父に当たる方がここの資金援助を辞め、新たに物件を建てる事に成りまして、この辺1帯を当企業が買い取らせて頂きました」
「それで僕達に出て行けと言う訳ですね?」
聡美は事の次第を理解した様だったが、結衣は今一納得が出来ない顔をしていた。
「左様で御座います、こちらは先代当主の遺言書になりますので、お読み下さい」
2人の少女は、差し出された遺言書を読み込んだ。
「ご理解できましたでしょうか?」
「何となくですが」
首を傾げる結衣の為に仁は、丁寧に話し始めた。
「では、簡単に説明させて頂きます、先代の個人財産は全て、息子の公平【こうへい】様に譲られる、ここの施設が取り壊される時は、伊藤家で住人を受け入れる、但し公平様が受け入れない場合は、責任を持って次の施設を用意するで御座います」
ここまで説明を終えた仁は、結衣と聡美の顔を伺った。
「飯田結衣【いいだゆい】様、河原聡美【かわはらさとみ】様、これは辞退されても結構です、如何いたしますか?」
「その伊藤公平って方は、何処で会えるんです?」
「はい、お二人共毎日教室でお会いしております」
余りの驚きで顔を見合わせる結衣と聡美。
「あ、公平君って何時も梓君といる?」
「左様で御座います、公平様と梓様は仲良しで御座いますから」
「もし、公平様のお許しが出て、伊藤家に入られるのでしたら、喜んでお迎えします」
「明後日に当家で、答えをお待ちしております」
仁は1枚の地図が書かれた紙を置き、立ち上がった。
「では、失礼します」
「結衣どうする? 大変な事になっちゃったね」
「仕方ないだろう、こういう境遇だ受け入れてくれるんじゃないか?」
「そうだね、そうだと良いね」
他に行く宛もない2人は、伊藤家に縋るしか無かったのだった。
1人の少女が元気良く伊藤家へやって来る、この家では殆ど毎朝の光景なのだ。
「仁さん、お早うございまーす」
彼女は中川梓【なかがわあずさ】、公平と言う少年とは幼馴染の関係だ。
「梓様、お早う御座います」
「公平、学校行くよー」
やっと朝食の終わった公平を急かす梓。
「ご馳走様でした」
梓がどんなに急かそうと、自分のペースで進む公平。
「行ってくるね」
「お二人共お気をつけて、行ってらっしゃいませ」
2人の姿が敷地の外、見え無く成るまで見送るのも仁の取っては、毎朝の日課だった。
「公平、宿題ちゃんとやったでしょうね?」
「うん、やって来たよ」
梓が公平の方へ乗り出すように話し掛ける。
「おい見ろよ、今日も公平の奴梓ちゃんと一緒だぜ」
「あんな奴の何処が良いのかね」
「梓ちゃんは、クラスでも人気なのにな不思議だよ」
クラスメイトの心無い言葉は、当然2人にも聞こえているのだった。
梓が開けた下駄箱から、1通の封筒を取り出す。
「梓、またラブレター入ってるね」
公平の感情が薄い言葉に対して、梓は感情たっぷりな言葉で返した。
「そうだね、困るよね」
「ラブレーターは見ないの?」
「うん、書いてくれた人には悪いんだけど、見ない事にしてるんだ、駄目かな?」
「梓が決めてるなら良いと思う」
「あ!」
常に冷静で、殆どの事に興味を示さない、公平のリアクションに驚く梓だった。
「ん?・・・凄い公平の下駄箱にラブレター」
本人より嬉しそうに喜ぶ幼馴染。
「多分、嫌がらせだよ」
「分からないよ?公平にも彼女が出来るかもよ」
「いらないよ、梓が居れば良い」
「そっか、そうだね」
当然と言う満面の笑顔で答える梓だった。
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