官邸にて

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 千代子→温子→椿→通隆→昭子→秀麿の順でカードを引いて、元々椿の手にあったジョーカーは今誰の手にあるか分からないが、秀麿の嫌そうな表情を察すれば恐らくずっと持っているであろう。  一戦目は椿が一番抜きで、最後は秀麿がジョーカー持ちで負けた。  「今日はたまたま調子が良くない」  同情する様な皆の視線に秀麿はツンと顔を背け、そう弁解した。  「秀さん表情バレやすいもん」  「そ、そうなのか?」  厳粛であるはずの官邸で、一同の笑い声が響く。椿はすっかり寛いで、腕を頭の後ろで組んだ。カードゲームにおいて運は強い方である事を感謝しなければならない。  「よし、もう一回やろう!今度は俺が勝つ!」  一人で真顔の練習をして、意外と上手く行って立ち直ったのか、秀麿が自信満々にそう発言した。  それから何回か同じババ抜きを繰り返しやって、一番抜きは大体椿か千代子だった。通隆も温子も昭子も偶に負ける時があったが、秀麿ほど負けを味わった事がない。  「クッソーーー何でだーー」  冷静な面持ちを崩してジョーカーのカードをテーブルの上に叩きつけ、秀麿が悔しそうに叫んだ。  「おじさん弱いね」  温子が揶揄うと、面目なく秀麿は更に自分への弁護を強めた。  「大体、この半時間ほどずっとババ抜きだけやってきたじゃないか。俺はもう飽きた」  確かに。ババ抜きは楽しいけど、ずっと同じ様にやっていくと段々面白さがなくなる。それはこの場にいる全員が思った事だ。  「トランプでババ抜きしか分からないわ。他にどういう遊び方があるのかしらね...」  椿はそう呟く千代子を見た。なるほど昭和時代のトランプの遊び方ってババ抜きしかないのか。ならば...  「私、もっと色んな遊び方知ってますよ」  椿がサッと手を挙げて提案した。「ええ?」と一同が怪訝そうな目で少女の嬉々とした表情を見る。  「というと?」  これは昭子が初めて椿と交わした言葉だった。おそらく自分を不満に思っている昭子ですら興味を持ってくれたから、きっとこれは上手くいける。  椿は皆のカードを集め、慣れた手つきでシャッフルをしてみせた。それから先生を気取って皆の前に立ち、腰に手を当て得意げに言った。  「では皆さん、これから令和流のトランプの遊び方をご紹介致しまーす!」  およそ2時間に渡って日中問題について協議していた内閣会議がやっと終わった。時は既に五時を差し掛かっている。  またしても陸軍に対してキツく言えなかった自分を罵りつつ、近衛は総理職務室に足を運んだ。  後一時間で宴会が始まるので、部屋にいる家族を呼びにいく必要があった。    やがて職務室の前に着くと、何故か扉の向こうから賑やかな笑い声が聞こえてくる。  他ならない椿と自分の家族の声だが、退屈な仕事部屋でどうしてこうも楽しそうに盛り上がっているのだろう。  そっと扉を押して中を覗いたら、円卓を囲んでいる家族がトランプのカードを持って大笑いしている。  「...何だ?」  近衛はもう少し扉を大きく開いた。中にいる人たちは自分の存在に気づかないほど、何らかのカードゲームに興じている様子だ。  見た目からして、ただのババ抜きをやっている訳ではなさそう。  「僕を食ったのは秀麿おじさんでしょ」  「えっ?!あっいや、違うっ!」  重厚なドアを開けば、通隆の澄んだ笑い声と弟の狼狽した声が廊下いっぱいに響く。  「いや、絶対そうだと思うわ」  妻の千代子も朗らかな笑い声を立て、温子を含め、こうも晴れた様な笑顔をした昭子を久々に見た。  「はいはい、脱落した人は参加しないの」  椿が通隆を宥め、目を上げた拍子に近衛との視線が絡まった。  「あっ、近衛さん!お疲れ様です!」  それまで近衛に気付かなかった一同がハッとして、見られてしまったのかと恥ずかしそうに頭をかいた。  「何だか楽しそうにしているが、そろそろ来賓が来られる」  そう淡々と言う近衛だが、本当は家族と一緒にカードゲームをしていたかった。  自分にとって勝負はどうでもいい事で、よく温子から「お父さんと遊んでも面白くない」と言われるけど、先ほど行われた陸軍に気負いされる会議より遥かに安らかな事だ。  近衛の言葉を聞いて一同がカードを集め、高ぶる気分を押さえつけたり、衣服を整えて澄ました表情で集まった。  「先は何をして遊んでいたんだ」  最後に部屋を出る椿を待って、近衛がそう聞くと少女は嬉しそうにはしゃいだ。  「皆で人狼ゲームをやっていたんです」  「じんろうゲーム?」  聞いたことのない言葉に首を傾げる近衛に、千代子が振り返って言った。  「椿さんが言うには、人狼と言うのは令和の時代で有名なトランプゲームですって」  「人狼は人になりすませる狼男の事で、このゲームは村人陣営と人狼陣営に分かれて心理戦をしていくのよ」  嬉々としている温子が答えて、「後で時間があったらもう一回やりたいわ」と椿に言った。それに対して椿も同意した。  「そうね!でももっと人が集まるとより楽しいよ」  「それは私に任せて!」  「どうせまた俺がバレるだろ。どうかしてるぜこのゲーム」  トランプゲームの最弱王として、さっきの時間まで親族に恥を晒してきた秀麿が肩を落としている。  「秀さんはまじで表情がバレやすいからねー。でも人数が欲しいから参加して」  次に椿は近衛を見上げ、息を弾ませながら話しかけた。  「皆で遊ぶと楽しいから、近衛さんも是非参加して下さいよー!」  本心からそう願っている様な少女の笑顔を見て、近衛は肯定的に頷いた。  「ああ、必ず参加するよ」  「やった!」  嬉しそうに顔を輝かせた椿が軽やかに近衛の横でスキップしているのを見ながら、これから始まる宴会の合間で、椿と一緒に“人狼”と呼ばれたゲームをやってみたいと近衛は思った。
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