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皆で再び玄関に戻ると、先ほどまでガラガラだったのに、今じゃ様々な服を着た来客たちで溢れている。大人だけでなく、子供も何人かいるようだ。
でも、全然顔分からん!
見れば他の皆はそれぞれ来た友達と話してるし、偶然米内さんを見つけても軍人ばかりと話してる。少しだけ寂しさを感じて、椿はできるだけ近衛に寄り添った。
「あっ!護貞さん!」
誰かを見つけた温子が嬉しそうに手を振り、その人も手を振ってこちらに近づいてきた。護貞って名前、温子から聞いた気がする...
「近衛さん、こんばんは。この度は招いて頂き本当にありがとうございます」
礼儀正しく近衛に挨拶する護貞の腕に、温子が親しみを込めて自分の腕を絡めた。そうか、この人は温子の夫だったのか!と椿は頭の中で新しい人脈を広げた。
「どうも。遥々から来て頂いて申し訳ないね」
「いえいえ、出席できてとても嬉しいです!」
ふと護貞の目が椿に停まり、この子と会ったことあるっけーと考えているように、暫くじっと椿を見つめた。しかしどうも見覚えがないようで、護貞は近衛に尋ねた。
「失礼ですが、この方は...」
「ああ、僕の家に来た新しい女中だよ」
「そうそう、私の付き添いよ」
すると付け加えるように温子が横から言って、椿に会心のウィンクをした。椿も感謝を込めてニカッと笑った。
内心では近衛と温子の答えにおかしく思いつつも、護貞は特に追求しない事にした。
「そうですか...お嬢さん、お名前は?」
「えっと、氷室椿です」
名前を聞かれて椿は微かに上擦った声で答えると、護貞は大きな目を細めた。
「氷室さん、あなたは名前と同じ着物を着てますね。とてもお似合いですよ」
「まっ、まあそうですけど...ありがとうございます」
そう言われて椿は恥ずかしそうに頭を下げた。この時代の人って何でいとも自然で、サラリといった感じで褒めてくるわけ?現代の人ならそうそう出来るものではない。
その時、鉄で出来てるらしい杖が温子と護貞の間に割って入って、無礼にも二人を横に押しのけたのだ。
椿は縫って入って来た老人を見て、思わず顔をしかめた。誰だこの爺さん、せっかく良い雰囲気だったのに、こうも図々しく輪に入って来るの見た事がない。
「久しいのう、近衛」
他のの三人を気にも止めず、老人は表だけの親しみを込めた口調で近衛に話しかけたが、一方の近衛は厳粛な面持ちに変わって、少し大きな体を縮めた。
「ようこそ、西園寺さん」
目上の人だろうか、椿は二人のやりとりを見ていた。西園寺と言う老人は品定めするような目で近衛を見るから、椿は更に老人への不快感を感じた。
「ところで、公務の方はどうだ?順調に行ってるか?」
挨拶からいきなり公務の話に変わったので、椿は不安げに温子と護貞と目を合わせた。
これは宴会の場で、どうして皆がこぞって、めでたい大晦日の日まで公務の話を持って来なくちゃいけないのさ。そこは椿には到底理解できぬ物であった。
老人が発するオーラは人を萎縮させる力があるみたいで、近衛も三人も顔を背けたくなった。しかし、西園寺に問われた近衛は答えるしかなかった。
「...まあまあ、と言った感じでしょうか」
こんな恐ろしいジジイを前にしたら、自分ならきっと逃げ出しただろう。近衛さん頑張って!と椿は心の中で近衛を応援した。
「ふーん?聞いた話では、お前は会議で自分の意見を言えんらしいな」
西園寺は腕を組みながら、身を縮めている近衛の周りを回り始めた。まるで鷹が獲物に目を光らせている感じだ。
「お前はいつもワシを失望させる。違うか?」
その口調からして近衛を軽蔑する気が満々だ。居心地悪そうで、近衛は自信なさげに目を伏せた。
これは二人の問題で、誰もこの老人を止めれる立場ではないが、人のプライドが目の前で傷つけられるのが見難い。椿はそんな考えより先に言葉を発した。
「あのっ」
椿の言葉に一斉に四人分の視線が椿に集まる。自分の言葉を遮った事に対し憤りを感じたのか、西園寺が凄まじい目で睨んで来る。近衛や温子夫婦に至っては驚異な目を見張っている。
「何だ」
あーーまずいまずい!こっち見るな頼むよ!椿はそう思いながら、何とか勇気を奮い立たせ、真正面から小柄の老人の目を見据えた。
「その...そういう事は、また後にしません?せっかく今日大晦日ですし、楽しく行きましょうよ」
やばい、怖くてもう笑い出しそうだ。椿は何とか威厳を取り繕おうと背筋を伸ばし、澄んだ目で西園寺を睨み返した。
「小娘の分際で、ワシに話しかけるのでない!」
周りの目もあって、自分の印象に泥を塗りたくなければこれ以上椿に怒鳴れない事を悟って、苛々した西園寺は杖で椿を乱暴に押し退けた。
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