東久邇宮家の少年と人狼ゲーム

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東久邇宮家の少年と人狼ゲーム

 年越し蕎麦の他、様々な手を込んだ料理を美味しく頂きながら椿は、幸せだなあと思った。  大勢の人が同じ場で集まって新年を迎えるのは中々ない事だし、このように首相官邸と言う特別な場所で年越しの宴会に参加した事がなかった。  「ちくわは無いんですか?」  「えー、あげませんよ!」  好物のちくわばかり欲しがる秀麿に対し、温子や千代子がふざけて自分の分を隠した。  近衛が「お前はなんて大人気ない奴だ」と窘めたが、怒っている風ではなくむしろ愉快そうに微笑んでいる。  そんな楽しそうなやりとりを見やりながら、椿は空になった蕎麦のお椀をテーブルに置いた。  現代が同じ時間帯で進んでいるのであれば、そろそろ紅白歌合戦が始まっているのだろう。  いつもの過ごし方なら、皆で蜜柑やおやつが置いてあるコタツに集まってテレビを見るのが定番だ。その時だけに限ってみーちゃんは大人しくなる。  新たな一年がやってくると言う事は時代問わず日本の人々にとって、いや、もしかしたら動物にもだけど、一番大切な事ではなかろうか。  スープを全部飲み干したせいで、喉の渇きを感じ緑茶をもう一口を飲もうとしたら、隣の通隆が肩を指で突っついて来る。  「ちょっ、何?」  「後ろ見てご覧」  どう言う訳か通隆が自分の髪の毛を整い始めた。好奇心から椿も後ろに振り向いたら、扉の近くで重たそうなカメラを担いでいる人と記者らしき人達がいた。取材されている来客達もいる。    「ワオ、カメラ来てるやん」  これってテレビに映るやつ?うーん、この時代にテレビがあったかどうか分からんけど、そのカメラが自分の姿を捉えたら、氷室椿の初テレビデビューになる事になる。  いやー、恥ずかしい。頼むからこっち来ないで。  しかし、椿は完全に自分は一国の首相である近衛と同じテーブルに座っている事を忘れていたのだ。  だからカメラマンが真っ直ぐこちらに向かって来る時は、内心ドキッとしてなるべくカメラに映されないように頑張った。  「皆様、ご機嫌よう!」  洒落た帽子を取って記者が明るい調子で挨拶すると同時に、カメラがこちらに回って来る。  大人達は慣れてるように表情一つ変えない事に対し、中学生の二人は恥ずかしがって顔を俯いた。  「楽しい宴会ですなあ!」    そう言って記者が早速マイクを近衛の方に突き出した。  「総理殿、どうか僕たち国民に新年からの抱負を聞かせてください!」  急なインタビューに対しても焦る事がなく、近衛は冷静沈着な姿勢で応じた。その臨機応変で柔軟な態度が凄いと椿は思った。  カメラに撮られる範囲から顔を避けつつ、椿は近くにいる来賓達の顔に目を走らせた。  米内のおっさんと同じテーブルにいる人は制服からして皆海軍のようだ。  煙草を吸うなり酒を飲むなりで寛いでいる。おっさんの対面にいる坊主頭の男が快活そうな笑い声を上げながら、「何せ、海の上じゃこんな楽はできませんねえ」と言ってるのを聞いた。  「山本さん、それはここで言う事ではないでしょう」  坊主頭の隣の男がそっと窘める。細い口髭を蓄え、リーダー格の人だった。  「井上さん、あんたは固すぎるんだよ。せっかくの宴会だからいっぱい飲もうぜ」  山本がカッカッと笑い、井上のグラスに溢れそうなほど酒を注ぎ始めた。一方米内は何も言わず、二人の前で一心不乱に酒を口に運んでいる。  海軍の事は全く知らないや...椿は肩を竦めて別の方向に体を向けた。今度は大人達と一緒に座って、一人つまらなさそうにしている少年の姿が目を引いた。  椅子の上で長い足を組んで、容姿端麗な少年の吊り上がった目元に何とも物憂げな雰囲気が漂っている。世離れしている感じだった。  この場じゃ同年相応な子供もいないし、きっと寂しいだろうなあ。  「あれー?椿ちゃん?」  その時、誰かが椿の名を呼んだ。こんな場所に知り合いなんておったっけ。  振り向くと、鮮やかな着物を着たお下げ髪の少女がこちらに手を振っている。椿にはその子が同じクラスの子だと分かり、名前は確か花巻ハナだ。  「ヤッホー!」  椿も同じように手を振り返した。しかし失礼がない為に、立つ前に一応了解を取った方が良さそうだ。  「すみません、ちょっと席外していいですか?」  「ええ」  椅子から腰を浮かせた椿に対し千代子が答える。近衛家の視線が背中に集うのを感じながら椿はハナの元に駆け寄った。  「やっぱり!とても綺麗に着飾ってるから別人かと思ってたわ」  ハナはさも嬉しげに椿を見つめて、一瞬周りを見てから大袈裟にため息をついた。  「お父様にこんな社交パーティーに連れて行かれて、同じ年頃の子が一人もいないから怖かったわ」  そう唇を尖らせたハナの指には、結婚指輪がシャンデリアの光を受けて輝いている。  「それはめっちゃ分かる。ぶっちゃっけ大人のパーティーよな」  椿が食い入るようにして自分の左手を見ている事に気づいて、ハナが少し頬を赤らめて説明した。  「ちょっと急かもしれないけど、こないだ結婚したの」  「そ、そーゆ事ねえ...」  初めての学校で会った時はしてなかったから、この3日の間で結婚した事になる。...こんな若いのに?  しかしハナの嬉しそうな様子を見る限り、この時代なら普通だと思われてる事が、椿のいた令和では考えられない事だ。  「椿ちゃんもえらい別嬪さんだから、嫁入りも早いと思うよ」  唐突にハナがそう言い、椿は飛び上がりそうになった。  広大の教会の中で、花びらが散っているカーペットの上で花嫁姿の椿は、誰かと腕を組んで神父が待つ聖壇に向かう...  いや、あり得ん。椿は心の中でブンブン頭を振った。そう言う日は恐らく絶対に来ない、一生。  「だって私より可愛いだもの...」  椿の事を羨望しているかのように、ハナが薄いそばかすの上にピンクの雲を浮かべた。  「え...なんかありがとう」  やはり現代の考え方でこの時代の事を考えようとするのが悪いようだ。椿は苦笑いしながら、とりあえず礼を言う事にした。  不意に視線を横に流すと、再び目の端で先の少年の姿を捉えた。  「ねえねえ、あの男の子知らない?」  興味本位から聞くと、ハナが目を丸くして椿を見た。  「え、あの方を知らないの?」  「うん。有名人?」  あの整った顔なら俳優になれそうだが、この時代の映画俳優なら全く知らない。  「かの高貴な貴族令息だよ!」  「貴族...」  華族一家である近衛家と同じ屋根の下で暮らしていると、それは今の椿にとって別に珍しい事ではなかった。  「東久邇宮家の末っ子の、昭彦様だわ。まさかこんな所でお顔を伺えるなんて...光栄だわ...」  心酔しているハナの横で、椿はしばし昭彦の横顔を眺めた。長い睫毛の下にある黒い瞳で、所在なさげに視線を滞らせている。  あんな悲しそうな顔をして、一体彼は何を考えているんだろう。椿にはそれが不思議に思えた。  「ハナー、戻って来いよー」  遠くから男の声がして、ハナが少し慌てた様子で椿に言った。  「婚約者が呼んでるわ。あの人陸軍だから性急なの、許してね」  「う、うん」  それほど遠くない場所で、ハナが背の高い軍服姿の男と親しげに会話を交わしている。見る感じじゃ歳はかなり離れていると思う。  椿は心の底から二人の幸せを祈る一方、それを羨ましく思う自分がいた。  愛する誰かと人生を歩むのって、意外と嫌いじゃないかも...  てか、うわあーー!私ったら中学生のくせに何を考えてるんだよ!けしからんすぎる!  独りで絶叫するを抱える椿の元に、ある人が歩み寄った。  「あの」  澄んだ男の声音で話しかけられ、椿は狼狽を見られたかと思うと更に恥ずかしく感じ、急いで髪から手を離した。  「あ?」  この時代に他に男の知り合いなんておったっけ...適当な返事をして椿は自分に声をかけた男を見た。  「あう...」  ところが、目の前に立つその細身の男を見て椿は思わず息を呑んだ。  まさに先ハナが椿に紹介した、東久邇宮 昭彦その人だった。七三分けにした真っ直ぐな髪で、波一つない湖と思わせる表情で静かにこちらを見据えている。  あーーーーーー、超まずくない??貴族相手に「あ?」とかヤンキーみたいな返事をしてしもうた。これが更に昔の時代なら、椿の首は撥ねられたに違いない。  To Be Continued...What’s going on with Tsubaki !  【補足:東久邇宮 昭彦は架空の少年です。苗字は本当におられます( ^ω^ )】
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