初恋の唄

2/2
前へ
/49ページ
次へ
 色んな来客との対談を終えて、近衛がやっと椿たちがいるテーブルへ行ったのは、皆がちょうどババ抜きそれまでは三回人狼をやって、二回ぐらい大富豪を、そして最後の締めにはババ抜きをしているところだ。  「よっしゃあっ!!」  「え!ウッソでしょ!」  椿の手から一枚カードを抜き取るなり、弟の秀麿が万歳している。横で椿が絶叫を上げて、気力を失ったかのように項垂れた。  「やったぜ、最弱王脱出!ハハハッ」  勝ち誇った秀麿がこれ見よがしに、椿の横で得意げに高笑いを始めた。  「若女将さん元気出せって」  椿を励ますように坊主頭の、日本海軍で名を馳せている山本が太い声で言う。一体何故若女将さんと言う呼び名になったのやら。  「まあ、何があるか分からないですね」  昭彦が苦笑いを浮かべて言うと、同じテーブルの人も明るい笑い声を上げた。  その場は賑やかで、和やかな雰囲気で包まれていて、見ればさっき見た人数より増えてる。  顔見知りである温子の友達がいて、政治家の姿もちらほらいる。実に様々な年齢層や職業の人々を混じっているのだ。  そして更に驚いた事に、そう言う人たちの真ん中にいるのは椿である事だ。自分と同じ、この少女にしかない魅力に惹きつけられたのだろう。  自分のように、大晦日の宴会まで色々検討しなくてはいけない人はいないようだ。中にはきっと好奇心を唆られて、ゲームに参加した人もいるだろう。  「おう、近衛!やっと来たのか」  旧友の原田が馴染みのあるドスが聞いた声で自分の名を呼ぶ。それを機に席にいる皆がこちらに振り返った。  近衛は片手で頭を下げてくる一同に応じ、次に不満げに唇を尖らせた温子が言う。  「長引いて申し訳ない」  近衛は眉間を掴みながら答えた。数々の重大な問題を検討していたせいで、今の近衛は疲労困憊な状態であるのだ。  偶然近衛と目があった椿は負けた悔しみを捨て、花が咲いたような笑顔を見せた。  それを目にして、冷え切った近衛の気持ちに再び温かいものがこみ上げてくる感覚がした。  ...最初からやりたくもなかった総理なんか指名されてなかったら、椿の誘いに乗って一緒にゲームに興じることができただろうに。  「宴会8時半でお開きにする予定だったでしょ?」  お開きの時間...確かそんなもんがあったな...時計を確認したら、時は既に7時40分を差し掛かっている。特に用事のなくなった来客は帰られた時間なのだ。  その時、外から口笛じみた音の直後に、破裂する短い音と一緒に、鮮やかに煌めく光が炸裂した。  「花火だ!」  真先に椿が反応して、窓を大きく開いて花火をよく見ようとした。同じように来客たちもそれぞれ花火に面している窓を開けて、絶え間なく上がる花火を見て息を呑んだ。  よく晴れた夜空を覆い尽くすかの如く、巨大な菊型の花が炸裂した。そして花火の間から、「天皇万歳」と書かれた風船が高く漂っているのが見えた。  これが昭和戦前の打ち上げ花火。  光の狂射、火の乱舞が伴って、レトロな街を鮮やかな色に染める。現代の花火との趣と違って、椿の目は自然とそれに釘付けとなった。  「綺麗...」  無邪気な子供のように花火を楽しんでいる椿の横顔を、赤色に照らされた昭彦が見つめた。  この椿と呼ばれた一つ下の少女とは初対面なのに、昭彦はその明るい性格にどこか親しさを覚えた。  椿と一緒にいると、今まで感じた事のなかった幸せな気分になれた。自分の事を特別扱いしないで平等で接してくるのは、この人が初めて。  「君の方がもっと綺麗だよ...」  昭彦の呟きは椿の耳には届かなかったが、昭彦のすぐ後ろにいる通隆はそれを聞いて、僅かに眉を顰めたのだ。  どうやら、椿の知らないうちに何らかの闘争が幕開きになったようである。    「渋谷方面だなこれは」  皆と離れて花火を見ている近衛の側で、原田がウンウンと頷く。  「お前の若い女中、中々面白い娘だね。自己流のカードゲームを作って、俺たちを呼んで楽しませてくれるのが」  「まあ...」  「現代的で明るい娘でね、非常に気さくで、親しみ易い」  その通り。原田の言葉を聞いて近衛は小さく笑いを漏らした。  「♪なく鳥の音も、花の香も〜」  不意に酒に酔った来客たちが肩を組んで、何かの歌を合唱し始めた。  聞いた事のない歌だ。歌と言うより昭和風の歌謡っぽい。  「何の歌?」  腹の底から唸るような歌声を耳にしながら、椿が聞くと、横で後背中に手を組んでいる米内が答えた。  「関種子の『初恋の唄』。最近では有名らしい」  「へー、初恋の唄か...」  初恋と言われて、馴染みがあるようで疎外感があるような感覚に椿は目を瞬かせた。          初恋...  椿はそこまで考えて、轟音を発する花火から目を逸らし後ろに振り返った。  近衛も同時にその真っ直ぐの視線とぶつかって、二人はしばし見つめ合っていた。まるで、その場には椿と近衛しかいない世界のように。  それは細波の様に広がる、無邪気が散るような眩しい笑みだった。  輝く花火を背に、ぼんやりした光に包まれる、儚げな少女の輪郭が美しかった。  この人を失いたくない。僕の前から消えないで欲しい。  近衛は心からそう思った。だがいつかは、椿が元の時代に帰らないといけない。  未来にいる椿の両親は心配で堪らないし、自分ごときの為に、この不安定になりつつある時代に留まらせたくない。    近衛はその時どう言う表情を浮かべていたか記憶に残ってなかったが、朧げに覚えていたのはその表情を浮かべると時に、体の奥からじんわり温かい物が込み上げて来た事だけだった。  To Be Continued...  【作者:椿が“若女将さん”と呼ばれる様になったのは、ゲームの司会をしていたからその気丈さが山本はんの印象に残っていたからです(^O^) ps.原田と言うのは原田熊雄さんの事です。そして「初恋の唄」は実在している戦前歌謡です。  スター250個達成の記念イラストをプロフのイラスト欄に投稿していますので、よかったら見てくださいm(._.)m】
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

96人が本棚に入れています
本棚に追加