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皆で新年を迎えようじゃないか
「♪昨日に変わる〜この想い」
温かいお湯に浸かりながら、椿は未だ「初恋の唄」歌詞を口ずさんでいた。今日は色んな事があったけれど、とても愉快な一日だった。
のんびり屋で甘い物好きの山本さん、厳つい見た目と裏腹、実はユーモアに溢れている井上さんとか、この時代において沢山知り合いを増やす事ができた。
「それをずっと歌わないで、早くしてくれよ」
外から通隆が促してくるのを「はいはい、もう少し待ってね!」と返し、再び歌を歌い始めた。
「はい、皆様!こちらを見てください」
報道陣のシャッターの連続音が目の前で繰り返され、椿は笑顔を保ったままレンズを見つめた。昭和時代で初めて姿が映った写真が残されるのだろう。
写真撮影が終わると、残った来客達はそれぞれ帰路についた。温子と護貞は細川家に戻り、そして昭子も自分の夫の所に一旦戻ることにしたのだ。
「じゃあ、また明日」
温子に手を振る椿の横から近衛が声をかけた。
「そうだ。明日早朝明治神宮に参拝するつもりだ」
「おお!初詣ですね!」
中々新年の日に初詣する事がないし、確か原宿近くに明治神宮って所があったけど、一度も行った事がないことを思い出す。
原宿にある猫カフェから見ると、確か森に囲まれていて、繁華街と同じぐらい参拝者が多かった気がする。
てか、世間から見たらただの召使の自分が、華族とこうも一緒に遊んでもいいのか?
近衛はそんな椿の躊躇いを見てとれ、小さく口元を綻ばせた。椿が喜んでくれると、自分も同じ楽しい気持ちになれる。
「何も迷う事はない、此間までは客だったが、今はもう近衛家の一人だ」
「えっ!ありがとうございます!」
皆と明治神宮の初詣に行ける、そう思いながら嬉しそうにはしゃぐ椿が荻外荘に戻る車に乗り込む前に、昭彦が少女を呼び止めた。
「氷室さん、今日はありがとう。とても楽しかった」
微かに頬を赤らめながらそう言う少年に、椿は頭を横に振った。
「何の何の、こっちこそ急に引っ張っていってごめんね」
「その...僕たちは友達...かな?」
不意に昭彦が期待するような口調で聞くと、椿は驚いて大きく目を見開いた。
「は、何言ってんのさ!私ら友達に決まってるじゃん!」
昭彦を面白がるように、椿がふざけてその肩を軽く押した。
笑い合う椿と昭彦は気づかなかったが、その仕草を警戒した東久邇宮の護衛が一瞬椿を咎めかけたものの、二人を見守っていた当主に止められた。
「これからもよろしくお願いしますね、先輩」
椿は一歩下がって、大袈裟なお辞儀をしてみせた。
「来年一月十六日に観菊会があるけど、来てくれるかい?」
椿が車に入った後も、昭彦はなお名残惜しそうに声をかけた。
「うーん、どうだろうな。まあ、行けたら行く!」
昭彦は手を振りながら別れを告ぐ椿を、視界から消えるまでじっと見つめていた。そんな息子に東久邇宮当主がそっと話しかける。
「昭彦、家へ帰ろうか」
すると息子の顔はいつになく、満面に喜色を湛えているのだ。元気な声で「はい!」と答え、隣の昭彦の足取りはどことなく軽かった。
「出ました...よぉ...」
タオルで濡れた髪を拭きながら、裸足のまま椿が団欒の場に向かったその先に...
「今日は一緒に寝ましょう!」
椿の布団を抱えている千代子がそう言い、自分の布団の横にそれをサッと敷いた。
「...え?それ私の...」
もしこの時水を飲んでいたなら、椿はきっと吹き出してしまっただろう。いや、マジで?!
「いっしょにねる??」
呆然と立ち尽くす椿の横から自分用の布団を引きずって来た秀麿が、ため息混じりにい言う。その苛ついた口調からしたら、どうやら秀さんも不可解に思っているようである。
「近衛家のおかしな風習その一つだ。正月を皆で迎える、そうすれば新年の初詣に間に合うから」
「いや、おかしすぎん...?」
「言い直しておこう、可笑し極まりないんだ」
目を擦っても擦っても、眼鏡をかけて自分の布団の上で本を読んでいる近衛さん、荒い息を吐いて自分の布団をその横に投げる秀麿の姿は消えない。
「え...」
思ったけど、こんな変わった風習は何故早く言ってくれないんだ、今更言われたから準備もできないし困惑する一方である。
いや、これに対しなんてコメントすれば相応しいのか。もはやこの状況に対して何を言っていいのか分からず、動けずにいると千代子が急かす。
「早く髪の水を切って、ここに戻って来て下さい」
「あっ、は、い」
どうして千代子さんも近衛さんもこんな平然とした顔をしていられるのさあ...椿は片言感半端ない日本語でそう言い、椿は何とか足を動かした。
To Be Continued...
【作者:この時、女中の青木トクさんは実家に帰る許可を与えられてました。
観菊会というのは、今でもやってる...天皇陛下が色んな偉い人を招いて桜なり菊なり鑑賞する会の事だと言います。一般人の椿はんは参加できるかどうか分からないですが...(⌒-⌒; )
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