学校

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 廊下を歩いていくと、教室の中は木で出来ている以外現代とさほど変わらない事が分かった。  共学で、皆同じように机や黒板を前にして勉強するし、ちゃんとしたグラウンドだってある。授業以外の面だったら困らなさそうだ。  「少しここで待ってて」  教室に入る前に鈴木は椿だけを廊下に残し、自分は先に教室の学生達と挨拶した。  クラスの女子達の歓声を聴く限り、どこか外国風の顔立ちの鈴木先生はとても人気の先生のようだ。  「皆さん、早速ですが新入生の紹介をさせてください」  「あーー」と椿は心の中で叫んだ。いよいよ自分の出番が来たのだ。  鈴木が入るように椿に指示し、椿は跳ねた髪の毛を撫で付け、重い足取りで教壇の上に立った。  通隆と目が合う。向こうは「頑張れ」と言うように頷いてみせた。  こんな緊張感は令和においてはスタートラインに立つ時、昭和においては昭子さんの前で自己紹介する時以来だ。  下から20人にも及ぶ、これからクラスメートとなる男子女子が好奇心に溢れた見上げてきている。  誰が華族で誰が一般庶民かは分からないが、ここでは同じ身分で勉強しているのだろう。  大丈夫、いつも通りの私で行こう。そう思った椿は深呼吸をし、自分にできる最高な笑顔で自己紹介を始めた。  「こんにちは、私は氷室椿です。勉強が嫌いで運動するのが好きです」  勉強が嫌いって言ったところで何人かが笑い出したのを見て、椿は少しばかり自信を持てた。  「えーっと、皆さんと仲良くなれたら嬉しいです」  最後に椿は映画で俳優がよくする大きく口角を吊り上げ、白い歯を見せ自己紹介を終わらせた。すると、この仕草を見た女子の何人かは胸を押さえた。  「女子の癖に女子に好かれやがってー!」  結衣にも言われた事があったけど、椿がそうするたびに女の子がドキッとするらしい。あまり女の子っぽくなく、どちらかと言うと陽気な美少年に見えると言われた。  まさかこの時代でも通用するとは。少し格好づけすぎたか、はにかんだ椿はクラスメート達の熱い拍手を迎えた。  どうやら第一印象が上手く行ったみたいだ。そう感じた椿は神経を緩ませ、そっと胸を撫で下ろした。  「勉強嫌いな氷室さん、ありがとうございました」  先椿が勉強嫌いと言ったところで同じように吹き出した鈴木も教壇に登ってくる。  「君の席は井口さんの隣です」  先生の指先を辿っていくと、先の不思議な子の隣を指している。自分が座る席の後ろには通隆がいる。  「ありがとうございます」  椿は軽やかな足取りで教壇を降り、井口さんの隣に座ったら周りの学生達が競って自分の名前を言ってくる。  そんないっぺんに言われたら覚えれないと椿は思ったが、一人一人に笑顔で対応した。それが特に女子達を喜ばせたみたい。  「あたしは井口花子、隣よろしくねー」  三つ編みの不思議ちゃんが眠たそうな顔で手を振ってくる。椿もまた笑顔でそれを返す。  鈴木は教壇の上に立って、笑顔で一人一人の顔を見つめた。  「さて、全員揃って朝の挨拶をしましょうか」  それからは、学校の時間が飛ぶように進んでいった。  国語、数学、社会の授業が瞬く間に過ぎ去り、昼休みの間は女の子達と会話を弾ませながら食事を取った。(トクさんが作った弁当はとても美味しかった)  体育の時に陸上部の実力を見せつけたら、誰よりも早くゴールした椿を女子達が「かっこいい」と言って囲み、同時に男子達もその速さに見とれていた。  その中に通隆もいて、筋肉痛の足を回しながらその様子を眺めた。  「あいつ、本当に速いな...」  気付いたら、今日最期の授業の終了を告げるチャイムが鳴ったのだ。  「では皆様、また来年。宿題を忘れるのではありませんよ」  「さようなら、鈴木先生!」  終礼で先生との挨拶の後に、椿は通隆と共に靴箱に向かった。  休みは楽しみだけど、宿題なしだったらもっと良かったのになあと言う話題で盛り上がってた。  「だってさ、宿題なんてやる気湧かんやん」  「やるべき事はやる。それだけ」  眉一つ動かさず、生真面目な様子で通隆は答えた。  「ちぇっ、真面目でつまんねーの」  「椿ちゃーん!」  その時、今日仲良くなった友達が椿の後を追いかけて来た。女子の話題に加わる事をやめると考えた通隆は、そそくさとその場を歩み去った。  「椿ちゃんや、休み中に一緒に遊ぼうよ」  「いいよ」  おテンパ娘の橋上みのりがウキウキした顔で聞いてきて、椿も自然と同意した。楽しそうな友達が出来たことだし、休みを機に仲を深めたいと言う椿の思いもある。  「家はどこの辺り?」と花子さん。  「うーん」  その問いに椿はしばし考えにふけた。そういえばここの地名全く知らないし、近衛さんの家が荻外荘と言う名前しか知らないことを思い出した。  校舎を出ると、ごった返している生徒の中に紛れて黒い車が止まってあった。車窓の内側から近衛の顔が覗いて、こちらに手を振っている。  「ごめん、ちょっと聞いてみるね」  椿は一人離れて近衛の車に近づくと、椿の聞きたそうな顔を見て近衛が窓を開けた。  「すみません、あの、屋敷の具体的な住所はどこでしょうか?」  完全に個人情報に当たる物だが、椿の背後にいる女の子二人に気付いて、近衛は成る程と笑みを浮かべた。  「杉並区荻窪の真ん中にある家だと、友達に伝えておきなさい」  「あっ、ありがとうございます」  これもお見通しなのか!椿はそう思いながら友の元に駆け寄った。しかし住所を言う前に、みのりを含めボーッとしている花子でさえ驚愕な目を見張っている。  「え、先椿と話してたのは近衛首相??」  「そうだけど」  ごく普通に答えた椿だが、友達二人の驚き具合を察して、改めて近衛さんの知名度が高いと感じた。  「そう言えば通隆さんとも仲良いよね。近衛家とはどう言うご関係?」  「うん?あー、近衛さんの友達の娘...って感じかな?そんで親切にも送り迎えをしてくださる方」  適当にそう言って誤魔化すと、海軍の娘のみのりと一般庶民の花子が「へえー」と納得しているようだ。この学校では、どこの生まれでも仲良くなれるのは事実だ。  「しゅ、首相殿のお家は知ってるけどっ、参っても大丈夫なの?」  恐縮な表情でみのりが椿の後ろをチラチラ見て、椿も近衛の振り返る。当の近衛は理解を得たように頷いた。  「うん、大丈夫みたいだよ」  「よかったあ〜」  友達二人はほっとした笑みを浮かべる。もう少し二人と一緒にいたかったが、腕時計を確認したみのりが慌てたように小さく叫んだ。  「まあ、いけない!家に帰っておばあちゃんのお手伝いをする約束をしていたわ」  「オーマイガー、それは早く帰らないとな」  いつまでもここで喋っていたら、焦らした近衛さんが先に帰っちゃうかもしれない。道を知らないからそれは致命的なのだ。  「あたしも帰って猫でも撫でておこうっかなー」    頭の中で猫と戯れる自分を想像して、花子が夢見る表情で呟いた。  「じゃあ私も家に帰るわ。バイバイー」    友達と別れて、椿は近衛が待つ車に戻った。    「おかえり、今日はどうだった?」  前から近衛が聞いてくる。朝の緊張していたあの少女と別人のように、今の椿は晴れやかな顔つきになっているのだ。  「とても楽しかったです、無事友達も作れたし、授業も良い感じでした!」  「うむ、それは良かったな」  近衛は本心から嬉しそうに椿のお喋りに相槌を打ちつつ、不意に表情を曇らせた。  「楽しい1日で、こんな事を言うのは申し訳ないが...」  どうしたどうしたと、椿も顔を近衛の真剣さを感じ取って唇を結んだ。先まで本を読んでいた通隆も顔を上げた。  「今日の夕食に家で偉い人達を招くことになったのだが、手伝ってくれないか」  「はい」  ただ食事を作ったりそれを運ぶ役目だと思っていた椿は、特に気にもかけず了承した。一方の通隆は面倒臭そうに眉をしかめ、再び本の内容に目を下ろした。    「二人ともありがとう」  近衛は有り難そうに椿達に礼を言い、そのまま前を向いて何も言わなくなった。  多少近衛と通隆の違和感を感じても、椿はこれ以上詮索せず、屋敷に着くまで休み中の何をしようかと考え続けた。
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