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俺には四歳年の離れた双子の妹が居る。
一卵性なだけあって見た目も性格もソックリなんだが、どうやら二人ともそれが気に入らないらしい。
多分同族嫌悪と言うやつだと思うが、そう言った対象が居ない俺には理解し難い感覚だ。
とにかく二人とも頑固で意地っ張りで、まぁ何と言うか、世話が焼ける存在だな。
「冷蔵庫のプリン食べたの亜美でしょ!」
「私しらないも~ん」
「知らない訳ないでしょ! 亜美以外に誰が食べるって言うの!」
「うるさいな~……そんなに大事な物ならちゃんと恵美って名前書いとけばいいじゃない」
今年の春から二人とも高校生になると言うのに、どうしてこう毎回毎回くだらない理由で喧嘩が出来るのか不思議でならない。
原因であるプリンくらい俺が新しく買って来てもいいんだが、下手に口出しすると怒りの矛先がこっちに向くからな……。
しかもだ、二人で激しく罵り合ってた筈なのに、何故か俺を攻撃するとなると急に息の合った連携をしてくるし……。
まぁ、ここは余程酷い事にでもならない限り静観するのが正解だと思う……。
「もう今日と言う今日は許せない! 決闘よ亜美!」
「ふ~ん、別にいいけど何で勝負するつもりなのよ」
「スポーツの勝負だと体育の成績がヘボヘボな亜美が可哀そうだから、頭を使った勝負にしてあげるわ、感謝しなさい!」
「はぁ? お馬鹿な恵美が知力的な勝負? 笑わせないでよね」
いやいやいや、お前ら二人とも体力も知力も全く同じレベルだと思うぞ……。
それよりも頭を使った勝負って何をするつもりなんだ?
「じゃあ今から『しりとり』で勝負よ! 負けた方は勝った方にプリンを三つ買ってくる事!」
「どんな勝負でも恵美なんかに負ける気はしないし、それでいいわよ……そうだ、まずは最初の言葉だけど、頭のわる~い恵美にハンデをあげるから、先に言いなさい」
「くっ……馬鹿にしてぇ! 絶対にプリンを買わせてやるんだから覚悟しなさい……よし! じゃあ最初は『プリン』から!」
ぶぅ~~~~!
「ちょっとお兄ちゃん何やってるの!」
「汚いなもう!」
ばかやろう! 盛大にコーヒーを吹いちまったじゃねぇか!
しりとりの勝負を持ちかけたから自信があると思ったのに、いきなり『プリン』って何なんだよ!
「どうしたの亜美? 『ん』だよ、早く言ってよ」
「あのね恵美……しりとりのルールって知ってる? いきなり『ん』って……」
「え? 何かおかしい?」
「最初から『ん』で終わられたら続けようがないでしょ!」
「そう? チャド共和国のンジャメナとか、カメルーンのンゴウンラルとか、ナイジェリアのングルとか、他にもいっぱいあるけど……あぁ~、もしかして亜美って『ん』で始まる言葉全然知らなかったんだぁ」
「そ……そんな訳ないでしょ! 全部知ってるけど、しりとりは『ん』で終わったら負けってルールだから注意してるんじゃない」
「ほんとにぃ~?」
うわぁ~……なかなか腹立つ言い方だな……。
これはわざと挑発して冷静さを奪う作戦なのか?
「少しは手加減しようと思ってたけど、もう容赦しないんだから!」
「私だって本気で行くからね」
「じゃあ最初は『しりとり』からでいいわね」
「いいよぉ~、じゃあ私は理科ね、ほら、亜美『か』よ『か』」
「分かってるわよ、じゃあ私は童謡で有名な、かごめかごめで」
「んじゃ私の好きな目玉焼き♪」
「金太郎飴でどう!」
「楽勝楽勝♪ メトロノーム」
「ん~……村雨」
「メモ」
「もち米」
「めがね」
「狙い目」
「メディア」
「雨」
「目覚まし時計」
「煎り米」
「……」
「どうしたの? 『め』よ!」
亜美の奴そう言う作戦に出たか……。
確かに決まった文字で攻撃するのはしりとりの定番だが、これは諸刃の剣だぞ。
頭の中で言葉を探す時って『め』で始まる言葉を探すより『め』で終わる言葉を探す方が難しいと思うからな……。
「じゃあ私は目で……次は亜美が『め』だよ」
「ぷっ……それで反撃のつもり? じゃあ私は植物の芽ね」
「うっ……いいわよ! そんな攻撃くらいで負けないんだから! メールアドレス」
「ふふっ、開き直ったわね、だったら遠慮せずスルメでどう!」
「メス」
「雀」
「メドレー」
「レバニラ炒め」
「目薬」
「りんご飴」
「メイド」
「泥亀」
「め……め……メキシコ」
「ふふふ……なかなかしぶといな~、コンソメでどうだ」
「う~……メイク」
「クレオメ」
ちょっと待て! クレオメって何なんだよ? 聞いた事ないぞ?
えっとスマホスマホ……。
……。
……。
なるほど、南アフリカが原産の植物なんだ……。
ってか、何も言わないって事は恵美もクレオメを知ってるって事だよな?
もしかして知ってて当たり前の事なのか? 大学生にもなって知らない俺の方がおかしいのか?
「んと……芽キャベツ」
「継ぎ目」
「明治神宮」
「裏目」
「メカ」
「亀」
「名誉」
「欲目」
「雌蕊」
「紅雀」
「うぅ……」
「恵美、そろそろギブアップしたらどう?」
「絶対に嫌!」
「じゃあ『め』だぞ~、早く早く~」
「分かってるもん……えっと冥王星」
「石目」
「メゾネット」
「虎鮫」
「名画」
「学問のススメ」
「名刺」
「潮目」
「目板鰈」
「戒め」
「眩暈」
「一本締め」
「名湯」
「梅」
「夫婦」
「咎め」
「名物」
「月極め」
「女神様」
「馬篭」
「えっと……えっと……メビウスの輪」
「ふふふっ……もう少しで終わるわね……綿飴」
「絶対に諦めないもん! 名所」
「横目」
「目出し帽」
「憂き目」
「メッキ」
「極め」
「迷彩服」
「久留米」
「迷宮」
「海亀」
「命日」
「千歳飴」
「メデゥーサ」
「境目」
「名月」
「爪」
「メリーゴーランド」
「奴智鮫」
そんな名前の鮫居るのか?
って、やっぱり二人とも当たり前のように進めて行くな……。
もう『め』から始まる単語も結構な数が出たと思うんだが、いったいどこまで続くんだ?
「メザシ」
「白髪染め」
「明細書」
「寄り目」
「メジャー」
「役目」
「メコン川」
「若布」
「メロディ」
「活け締め」
「姪」
「石亀」
「名水」
「岩梅」
「名医」
「糸若布」
「目尻」
「陸亀」
「面積」
「肌理」
「目張り鮓」
「白梅」
「目力」
「蘭学事始」
「……」
流石にそろそろ限界じゃないのか?
俺も色々と『め』で始まる言葉を考えているが、あと数個しか思いつかないし……。
「う……うぅ……メトロ」
「蝋描き染め」
「め……め……メレンゲ」
「外記政始」
「めあ……めい……名曲」
「久慈目」
「う……うぅ……」
まずいな……恵美が涙目になってる……もう無理にでも止めた方がいいのかもしれないが……。
何の理由も無く、ただ止めただけだと二人とも納得しないんだろうな……。
「もうそろそろ限界でしょ? 諦めて降参したらどう?」
「嫌! 降参なんて絶対に嫌!」
「本当に恵美って負けず嫌いよね……だったら徹底的にやっつけてあげるから掛かってらっしゃい!」
「余裕で居られるのも今のうちよ……お馬鹿な亜美が可哀そうだから敢て難しい言葉を使わずに居てあげたのに……」
「な! 何よそれ! 負け惜しみも大概にしなさい!」
「負け惜しみかどうか直ぐに分かるわ」
何だと!
恵美の奴『め』で始まる言葉が思いつかなくなったんじゃなくて、わざと選ばない言葉があったって言うのか!
ま……まさか、そんな事をする余裕があったなんて……信じられん。
「わかった、じゃあ久慈目の『め』からよ」
「ふんっ……ここからは遠慮しないわよ! メイエルホリド」
「はぁ? 何だそれ?」
やばっ! 思わず声が出ちまったよ。
「え? お兄ちゃんメイエルホリドを知らないの?」
「そ、そそ……そんな事ないぞ」
うわ……頼むからそんな蔑んだ目で見るのはやめてくれ、ゾクゾクしちまうだろうが……じゃなくてだな。
「メイエルホリドはロシアの演劇の演出家よ」
「そ、そうか……って、もちろん俺は知ってたぞ」
「…………」
「…………」
もう口を挟まないから二人してそんな目で見るな。
俺の方が先に心が折れそうだよ……。
「余計な邪魔が入ったけど、今度は私の番だったわね……胴締め」
「面心立方格子」
……。
……分からない単語だけどもう何も言わないぞ。
「えっと、〆《しめ》」
「目白酸漿」
「効き目」
「明窓浄机」
「霧雨」
「滅鬼積鬼」
「聞き納め」
「芽鹿尾菜」
「くっ……き、き、興覚め」
恵美は凄いな……『め』で始まる言葉で対応しながら、逆に『き』で攻めるなんて。
「どうしたの亜美? 表情に余裕が無くなって来てるけど……亜美みたいに特定の文字で攻めるなんて姑息な真似はしないから心配しなくてもいいわよ……明夷待語録」
『き』攻めをやめた!
まだまだ余裕があるって事か……。
「美し女」
「なかなか頑張るわね、じゃあ名臣言行録」
「櫛目」
「迷津慈航」
「うっ……薄目」
「鳴禽類」
「色目」
「面形天蛾」
「恵みの雨」
「免疫血清」
「諫め」
「面角一定の法則」
「嚔」
「目塞き編み笠」
「賽の目」
「雌阿寒岳」
「毛染め」
「明六雑誌」
「撞木鮫」
「命数法」
「歌会始」
「迷惑行為防止条例」
「怒り爪」
「明鏡止水」
「斎女」
「明暗順応」
「氏女」
「明正天皇」
ほほう……敢て簡単な明治天皇を言わない事で余裕を見せ付け、亜美にプレッシャーを掛けるつもりか……。
「魚の目」
「メシェ天体」
「射目」
「メモリーカード」
「土留」
「メモリースロット」
「通り雨」
「メモリーオーバーレイ」
「家雀」
「メモリースティック」
「糞真面目」
「メモリーモジュール」
「亜美ずるい! そのメモリー〇〇って『絵具の赤』『絵具の青』って言うのと同じで反則よ!」
「そう?」
おっ……ここにきて初めて恵美が反論したな。
さすがに少し辛くなって来たって事か?
まぁ、ここまで続いただけでも十分凄いと思うが……。
それはそうと何故二人ともこっちを見るんだ……俺に同意を求めないでくれ……。
どちらか一方の味方をするなんて出来る訳ないだろ?
どっちの見方をしても結局俺一人が攻められるんだし……。
うっ……し、視線が痛い……耐えるんだ俺……。
「ふ~ん、だったら別に言い替えてもいいわよ……じゃあメルカトル図法で」
「牛込」
「メソポタミア文明」
「伊賀専女」
「メタクリル樹脂」
「仕事納め」
「メチルメタンスルフォネート」
メ、メチルメタン? なんだそれ?。
「綴じ目」
「メフメットパシャソコロビッチ橋」
どこにある橋なんだよそれ……って突っ込む回数が増えてきてるぞ。
「姑」
「メタンハイドレート」
「取り決め」
「メソトリウム」
「娘」
「メタボリックシンドローム」
「群雀」
「メタスタビリティー」
「一味の雨」
「メラニン色素」
「総元締め」
「メゾソプラノ」
「鋸鮫」
「瞑座」
このままだと永遠に終わらないような気がしてきたな……。
ここは兄として何とか仲裁をしたい所なんだが、どうすれば二人のプライドを傷付けずに治められるだろうか……。
「えっと……『ざ』……『ざ』で始まって『め』で終わる言葉……何か無いの……もっと考えろ」
「なぁ亜美……しりとりなんだから別に最後が『め』で終わる言葉で返さなくても、普通に『ざ』で始まる言葉を言えばいいんじゃないのか?」
「馬鹿な事言わないでよお兄ちゃん! これはもうそんな単純な事じゃなくて『め』で返せるか、そして『め』で答えられるかって言う意地なのよ!」
「そうよ! 相手より自分の方が優れてるって思い知らせるためには、生半可な勝負じゃ駄目なのよ!」
「いや……それってもう『しりとり』じゃなくて、別の競技だと思うんだが……」
身近過ぎる存在だからこそ、どうしても負けられないライバルなのは分かる……。
でも、せっかく双子として生まれ、誰よりもお互いを理解し合える存在がいつも傍に居るんだから、もっと仲良くすればいいのに……。
……。
……。
やっぱりここはいつものように、俺が二人にとって共通の敵として攻められる形にするのが正解かな。
よし!
「何か無い?……『ざ』……『ざ』……」
「ザーネトルテフロッケン!」
「え?」
「あ~くそ~! 『ん』が付いたから俺の負けか~!」
「お兄ちゃん何言ってるの?」
「悔しいが負けた罰として昨日買っておいたザーネトルテフロッケンを二人に差し出す事にするよ」
「負けも何も、お兄ちゃんは勝負に関係ないでしょ?」
多少強引だったかもしれないが、二人して俺にツッコミを入れる流れになってるな……。
よし! このまま押し通す!
「だいたいザーネトルテフロッケンって何よ? そのケーキの名前ってフロッケンザーネトルテじゃないの?」
「え? そ、そうだったか? まぁ細かい事はいいじゃないか、ほら美味しそうだろ? 早く食べないと俺が全部食べちまうぞ」
「「うっ……。」」
二人とも甘い物には目が無いからな、もう勝負どころじゃないだろ……。
もう一押しだな。
「ほらほらほら」
「そ、そこまで言うなら仕方ないから食べてあげるわ」
「ただしお兄ちゃんはしりとりに負けたんだから、このケーキは私と亜美の二人で食べるわよ」
「えぇ~……」
ははっ……ようやく意地の張り合いを忘れてくれたか。
やっぱりお前らはそうやって仲良くしてる方が似合ってると思うぞ。
……。
……。
本当にお前らは頑固で意地っ張りで……そして世話が焼ける可愛い妹だよ。
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