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 少女は、一歩私に近づいた。 「この光だけを頼りに、探しました。私の欠けてしまった家族を。私は今十四歳です。半分はもう大人です。十一年前、私が犬の血を吸ってしまったせいで失ったものを、探し出すべき年齢になったのです」  少女の目からは涙が零れていた。  私も、呼吸が喘ぐように乱れ、視界がどんどん滲んでいく。 「違う……あなたのせいなんかでは、ない。違うのよ……」 「戻ってきてくれませんか……!  私はもう、何者の血も吸いません。きっとあなたと同じ、この十一年間、一滴の血も吸っていないんです」  胸の中が熱く満たされていくのを感じる。それを、唇を噛んで押さえ込んだ。  忘れるな。娘とは違う。私が、なぜ去らなくてはならなかったのかを。  しかし、その時。 「父も悔いている。許してやってくれないか、アリスエラ」  小屋の入口から、聞き覚えのある声が響いた。  金髪。青い瞳。忘れるはずのない、でも十一年の歳を重ねた幼馴染。  もう手に入ることはないと何度も言い聞かせた、三人の時間と空間。  私は、必至に声を絞り出した。低く、小さく。 「でき……ない」 「なぜだ?」 「私は……吸血鬼だから」 「そうだね。十一年間、いや、僕の告白を受けてから一度も血を吸わなかった吸血鬼だ」  イルハインの視線が、曙光と共に私を射抜いた。  この時は私は気づかず、そうと理解したのは少し後だった。  私は、報われたのだと。吸血鬼でありながらそうあるまいと足掻いた空虚な日々は、この時初めて、意味を持った。  イルハインは、私とカーミルを見つめながら言う。 「愛が人を救い、血統――血が吸血鬼を救う。ここでは何も矛盾していないと思わないか。僕たちは、同じ家に帰っていいんだ」  カーミルが私の胸に抱きついた。 「マァマ」  細かく震える細い体を、振り払えるはずなどなかった。離れる理由はなかった。  私は娘の髪をなでた。  外では、太陽が少しずつ昇っていく。  その光が、零れ落ちた自分の涙に弾けて輝くのを、私はカーミルの温もりを感じながら見下ろした。  小屋の出口の先を見る。  眩しく開かれた世界が、どこまでも広く、私の帰り道を湛えていた。 終
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