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 男が、小さく震えた。どうやら笑ったらしい。首の肉が振動で小刻みにえぐれる。 「家族なんかいねえだろ。あんた、吸血鬼だろ。でもまあ、いい夢見たんだな。じゃあな」  首に刺さった牙がに、力がこもるのを感じた。 「イルハイン。カーミル」  せめて最後は、その名前を口にした。 「はい」  幼い声がして、続いて衝撃音。そして、私の背中から不愉快な重みが消える。  何が起きたのか分からず、私は身を起こした。  傍らには、今私を襲っていた男が仰向けに転がってうめいている。  そして私の足元のすぐ先に、若い少女が立っていた。  朝方の、露を薙ぐような光に照らされて輝く、私と似た青い銀髪。忘れるはずのない青い双眸。けれど。 「そんなはず……」 「そこの吸血鬼も、ひどく弱っているようですね。だからといって許せる行為ではありませんが。私は普通の子供に比べてずっと力が強く、そのせいで街では仲間外れにもされました。そんな力で、思い切り蹴飛ばしましたのです。しばらくまともに立てないでしょう」  その通り、立てないなりに、男は這いずって逃げていった。  帯状に曙光が差し込む小屋の中に、私と少女だけが取り残される。 「力……が、強いのね……」 「私には他にも、太陽が出ている間寝てばかりいる、川で泳げない、犬歯が尖りすぎている、などなど特異な特性質がいくつもあります。何度も吸血鬼ではないかと審問機関で検査されました。でも、私は完全に吸血鬼としての魔性を抑え込まれていますから、ただの人間です。ちょっと変わっているだけの」  私は立ち上がる。呆然と、目の前の少女を見下ろした。 「そんなはず……こんなところに、いるはずが……」 「変な子なので、友達はあまりできませんでした。でも家族は、父も祖父母も優しかった。それでも辛い時は、父が、これを見せてくれました」  少女は懐から、小鳥の卵ほどの水晶玉のついたネックレスを取り出した。水晶玉の中には、青白い炎のようなものが、小さくも激しく燃えている。 「祖父が作ってくれた、ある吸血鬼の波動の探知機です。今はこれだけ近づいているので激しく反応していますが、遠く離れていると芥子粒のような小さな光になります。けれど、決して消えることはありません。父は言いました――この光がある限り、離れていても誰より私のことを愛してくれている人がいると。だから、どんなに寂しくても辛くはなかった」
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