1人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
私が十四歳の春。ある晴れた日、村外れの風車小屋の裏でのことだった。
幼馴染の少年ーー十六歳のイルハインが、私に向かって言った。
「アリスエラ。僕と結婚して欲しい」
その金髪と青い瞳に、眩しいくらい陽の光が映えていたのを覚えている。
「いや、無理かな。それは」
けれど私は、素っ気なくそう答えた。
「若過ぎる、と思っているのか?」
私の、少し青みがかった銀髪が丘を巻いてきた風に揺れた。
「そういうわけじゃなくて……それもあるけど」
私は、両手に抱えていた野良犬の死体を地面に下ろした。すっかり血を失って干からびた体を、土色の毛並みが覆っている。
私の正面に立つイルハインの向こうには、丘の下に、彼の実家である教会の屋根が見えた。
「私は吸血鬼で、あなたは教会の祓い師の家系じゃない。今、私が素手でこの野良犬を打ち伏せて、血を吸って殺したのを見ていたでしょう」
「おかしいとは思っていた。夜にばかり出歩くし、こういう晴れた日の昼間は日陰ばかり選んで歩くし。……君の家の周りにはよく野良犬がうろついているけど、なぜか数日とせず一匹ずつ姿を消すしね」
「村の皆、いい人だもの。人の血なんて吸えないわ。犬なら私の一族の眷属だから、いくらでも呼び寄せられるの」
「もう君しか残っていない一族か」
私は息を飲んだ。彼は、私が思った以上に私のことを知っている。
私の家は、幼い頃に両親が出ていって以来、私しか棲む者はいない。吸血鬼としての血が薄いらしい私は、昼間にもある程度動き回れるし、教会の手伝いをして日銭を稼ぐこともできた。そうして、これまで生きてきた。
私は、嘆息してから告げた。
「吸血鬼は、そうと知られれば胸に杭を打たれて殺される。結婚なんてしたら、あなたも巻き添えになるのよ」
「もう一度言う。君が好きだ。結婚して欲しい。吸血鬼でも、いや、だからこそ君を幸せにしたい」
「……血を吸われてもいいの?」
「吸わなくてはいられないのか?」
「血がないと死んでしまうわけではないわ。ただ、衝動なのよ。どうしても我慢ができなくなれば、見境をなくすかもしれない。いえ、きっとそうなるわね」
「構わない。いや、そうならないように共にある」
まっすぐな瞳。
未熟な私は、孤独に慣れることはできても、思いがけない幸せに抗うことができなかった。
私だって、ずっとイルハインと結ばれることを夢見ていた。
最初のコメントを投稿しよう!