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呪いの編み上げの靴 4(終)
ひとしきり気が済むと、今度はなぜこんなことになったのか、疑問が湧いてきた。沙羅に尋ねると「いつ切り出すか、迷ってたんだ」と困った顔をした。
「実はね、蓮菜ちゃんには普通の人よりも、物の怪や妖怪の世界に通じやすい、行きやすい能力があって。そういう女の人のことを『縄女』って呼ぶんだよ」
「ナワメ?」
聞きなれない単語だが、襲われたときに、ヤマコが私をそう呼んでいた記憶がうっすらあった。首をかしげていると「縄に女と書いて、ナワメって呼ぶの」と補足があった。
「普通、彼らが住む世界に足を踏み入れることって、人間にはできないわけ。でも、縄目、っていわれる空間があって、そこは僕らの世界……この世と妖怪の世界を繋いでる。縄女の力を持つひとはそこに行けるんだ。で、ここからが重要」
沙羅は言いづらそうにしていたが、私は詳細が知りたかったので、催促をする。
「縄女の力は、本来行き来できない世界に行ける力だから、とても強い。だから、物の怪に狙われるんだ。力を奪う方法は『純潔を奪う』……有り体に言えばセックスして、処女じゃなくなること。若林くんとやらは例の動画の時に取り憑かれたんだろうね。そのあと、蓮菜ちゃんを見て、縄女だとわかった。表向きは若林くんの振りをして、機会をうかがってたんだ。うまーく、蓮菜ちゃんが彼を好きになるように振る舞いながらね。だから、一応顔を合わせた時にけん制しといたんだけども」
沙羅が若林くんと初めて会ったとき、変な雰囲気になったのはそのせいだったのか。
「でも、そんなの今までなかった……って、もしかして、アンタのストーカー行為やプレゼントは、全部私をそういう物の怪から守るため……」
「そう。今までは蓮菜ちゃんに気付かれないように調伏したり、呪いをかけたりしてた。でも、大学になると行動範囲も増えて、ずっと一緒にいるのも難しいなって思って」
「だから、あの靴をくれたの?」
そう、と沙羅はうなずいた。あの靴は、物の怪の力を弱めて、有利に動かないようにする作用があるのだという。今回の場合だと、一緒にいるとマイナスな事象が起こるようにして、私が彼といるのを避けようとしていたらしい。
あと、私の襲われた場所がわかったのは、あの靴のひもを紙人形に付けたからだと教えてくれた。一度でも履けば、持ち主だと認識する優れもの。それを元にして場所を特定したと言われて、陰陽師すごい、と素直に思ってしまった。
もっと早く教えてくれれば、と零すと「あのときの蓮菜ちゃんが、僕の言うこと、真面目にきいてくれると思えなかった。恋は盲目だし、僕が陰陽師だってあんまり信じてくれないし。とにかく、変に教えて不安がらせるのが嫌だったんだ」と拗ねた。
私の性格からして、彼の言うとおり、頭から否定して聞く耳持たなかっただろうと思う。我ながら、沙羅に対してはワガママで遠慮がないからだ。
「……ごめんなさい」
そんな自分を、それでも助けに来てくれた。沙羅に申し訳なくて、項垂れた。
沙羅は首を振って「怖い思いをさせてごめん」と言うだけだった。
「でも、良かったら……これから、僕のこと、少しでも信じてくれたらうれしいな」
結婚しろとまでは言わないから。そう付け加えた沙羅の言葉で、あっと思い出すことがあった。
「……まさか、この前私に『結婚して』って言ったのって……じゅ、純潔を……?」
困ったようにに顔を背け、まあ、とか、ええと、と口ごもる。
「……まあ、その、一度致しちゃえば確かにやたらめったら狙われ無くはなるんだけども。でも、そんな気持ちのない行為をさせたくないし、僕はしたくない。別の方法……蓮菜ちゃんに負担のない方法を探していくから」
だから安心して。そう言ってやっとこちらの顔を見た。
頬を赤らめてはいるが、真っ直ぐな瞳には、先ほど私を襲ってきた若林くん(正確にはヤマコなのだけど)のようなギラつく欲望は見えない。
「だって僕、蓮菜ちゃんのこと、大好きだし」
はにかんでこちらを見る沙羅は、真剣な表情だからこそ、綺麗さが際立ってドキリとする。
普段「好き」だの「結婚して」だの簡単に言うくせに、いざとなるとこんなに誠実なのか。
大事に思われている……だから軽率に触れてこない。
与えられる気持ちの大きさに、どう反応して良いのかわからない。
なにも言えないままの私に向かって、沙羅は無言で笑いかけるだけだ。大丈夫だよ、と心で伝えてくる。
「とにかく、蓮菜ちゃんが無事でよかった」
さあ帰ろう。そう言って立ち上がる沙羅に続いて、私も立ち上がろうとした――が、ずっとうずくまっていたからか、立ちくらみを起こした。おまけに、慣れないヒールのせいもあって、転び駆けたそのとき。
「危ない!」
沙羅が私の体を抱き留める。反射的につかみ返し、彼の体にすっぽり収まる形になってしまった。
「大丈夫?」
私の体に触れた沙羅が慌てて押し戻そうとするのを、止めた。胸元の布をつかみ、顔を伏せたまま「あの!」と大きな声で言った。まだ上手く事態は飲み込めていないし、真面目に告白されてるのに、唐突過ぎて考えがまとまらない。
だけど、沙羅が向けてくれた気持ちだけは真っ直ぐで本物だ。付き合いが長いのだから、それくらいはわかる。だから、私もきちんと返事をしなければ。
今言わなくてどうする、蓮菜!
「……す、好きって言ってくれ……て、本当に、ありがとう。でも私、沙羅と付き合う、とか、結婚、とか、そういうの考えたことなくって。だから、力をどうするかとかを考えるのも、そこまでしてもらうのって……気持ちも返せないし、守ってくれるんなら、お金、とか、払う?」
体よく振っているのはわかっているが、かといって、あの気持ちの大きさに応えられる自信がないのだ。簡単に誘惑に乗ってしまう自分や、ゆるやかな警告を受け取れない気持ちの狭い自分が、無条件に愛されていいわけがない。
今はまだ、気の置けない「友人」がいい。
沙羅はしばらく一人でブツブツ言っていたが、小声過ぎて聞き取れない。
「……蓮菜ちゃんはさ、こんな僕にも付き合ってくれるから」
「え?」
ようやく聞こえた言葉に顔を上げると、沙羅はどこかさみしそうな顔をした。こんな僕、ってどういうこと。そう思った瞬間「蓮菜ちゃん」と沙羅が言った。
「告白のお返事、ありがとう。でも、僕は一回振られただけではめげない!」
ぐっ、と握りこぶしを付けて、にっこり笑う。
……ここまでポジティブなのも恐ろしい。やっぱりストーカーじゃないか、と絆されかけた自分をほんの少しだけ呪った。ええ「のろった」のほうです。
「うーん、そうだね。お金は要らないけど……助けたお礼に、新しいプレゼント受け取って!」
ゆっくり私を引きはがし、満面の笑みを浮かべて差し出されたのは――白いハリセン。先ほど沙羅が振り回したそれと同じデザインだが、一応手のひらサイズのシロモノだ。
よくよく見れば、白いだけかと思ったハリセンには、なんか墨でミミズが這いつくばったような文字が書いてある。げえ、よくわかんないけど呪文だ。
「なんですか、これは」
「えっとお、僕とおそろいのぉ、ペアルック!」
きゃっ、とわざとらしく手で顔を被う。品物も微妙だがペアルックとはこれ如何に。おまけに沙羅の態度もそれなりにキモい。照れ隠しの表現なのだろうけど、イケメンだからって全てが許されるわけではないことをそろそろ知ってほしい。
さっきまでの恐怖やらなんやらが完全に吹き飛び「うわぁ」と心底嫌そうな声が出た。
「手で握りつぶせそうなんですけど」
「それ呪いで形状記憶にしてあるから大丈夫!」
「試していい? ぐっちゃぐちゃにしそうだけど」
「やめてよ僕の気持ちを握りつぶされるみたいで……形状記憶の呪いをかけてあるから大丈夫だけどさ……」
「大丈夫って言っておいて泣きそうな顔するのやめろ陰陽師!」
「わっ、蓮菜ちゃんが僕を陰陽師って認めてくれた~!」
「認めてない……認めて……でも、ハリセンの力はすごい……ハリセンだけは……」
「ハリセン?! ハリセンだけなの?! 僕の陰陽師としてのアイデンティティイズハリセン?!」
やっといつものやりとりに戻ってきて、どこかほっとしている自分がいる。歩き始めた私は心の中だけで思う。
ごめんね、しばらくはこの関係がいい。
――本当に沙羅と恋をするなら、守られるだけの存在になりたくない。いつか、もう少し先の未来。彼と釣り合うだけの人間になったら。それが、私の彼への誠実さ……だと思う。
:::
それからしばらくして。
若林くんとは本当に普通の「友だち」になってしまい、彼から恋愛相談をされることに。存外ショックではない自分に驚いてはいるけれど、襲われそうになったのも原因かもしれない。相変わらずの爽やかさだから、すぐに彼女は出来ると思う。
そして沙羅はというと、相変わらず呪いをかけたというプレゼント攻撃はおさまっていない。それどころか、以前に増して付きまといが多くなったので、若干辟易している。
嫌いじゃないのだ。嫌いじゃないけれど……こんな平凡でずるい女のどこがいいのか、理解に苦しむ。
ああ、いつもの「蓮菜ちゃ~ん」という能天気な声が聞こえてくる。
でも、どこか今までとは違って、少しだけ甘さを持つ呼びかただ。
それも悪くないと思う自分への自己嫌悪を抱きつつも、私は今日も「このオカルトボケカス野郎」と言うのだった。
呪いの編み上げの靴 終わり
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