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そんなある日、近くのお寺に休憩を兼ねて散歩をしていると観光客に呼び止められた。
「すみません。
ちょっと教えて貰っていいですか?」
「は...はい、何でしょう。」
「この近くにカツ丼が有名な定食屋があるって聞いて来たんですが...
ご存じないですか?」
「...ええ、よく知ってます。
ご案内しましょうか?」
「良かった、お願いします。」
店前に着くとそこで別れてわたしは裏手に周りお勝手から店に入った。
夕方から閉店までは待ち並びが出るほどお客が増える。
支度をして店に出るとさっきの男性が名物のカツ丼定食を食べ始めていた。
慌ただしく店の中で立ち振る舞っていると、さっきの男性がわたしに気付いたようだった。何度かわたしに向かって手を上げているようだったが応える事さえままならないほど混雑していた。
そのうちに諦めたのか店を出て行った。
観光客と思っていたが彼はちょくちょく、いや頻繁に来店する様になり少しずつ気軽に話せるようになった。
彼は最近、仕事の関係で東京から出向し引越して来たとの事だった。
名前を、
長谷部堅一
と言い有名な電機会社の仕事をしていた。
人と話すのが苦手なわたしだったが長谷部とは気楽に打ち解ける事が出来た。
彼は優しく思いやりがあり知識が豊富でスマートだった。
その内にわたしは英語が得意で話す事さえも出来るのを彼に導かされた。
わたしは急激に彼の事が好きになり、いつも彼の事を考えるようになっていた。
こんな風に人を想ったのは初めてかも知れない。
それに記憶が戻ることはなかったが、彼といる時たまに途切れ途切れに画像が流れる事があった。
人通りの多い商店街や大きなお寺、それに女性に肩を抱かれ泣いていたり断片的な過去が蘇ってきてる様な気がした。
わたし達が結ばれるのにそれほど時間は掛からなかった。
でも彼は徐々に忙しくなり本社のある東京へ行く事が増えて会える時間が減って行った。
この頃 彼は本社へ戻る事になりかなり悩んでいる様だったが、わたしにプロポーズしてくれた。
わたしは嬉しくて涙が止まらなかった。
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