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「動くな」
銃口の先にいる加藤の動きが止まる。
銃を頭部に向けられたら誰だってそうする。俺でもそうする。
だから俺も動かない。その言葉は三人の口から同時に発せられていた。
俺に銃口を向けている女にもまた加藤の構えた銃口が向けられている。一方通行時計回りの三角関係。その場合俺だけ同性愛者ということになってしまうが。
加藤の暗殺を依頼されたのは一週間前の話だ。いつもの依頼主から完全成功報酬現ナマ一括払い。今時だれかを雇って暗殺という時点で大した依頼主ではない。もう他殺より自殺の時代だ。つまりいまだに他殺しか出来ない俺もまた前時代の人間ということだ。
殺すだけならわざわざ銃で脅すなんてことはしない。すれ違いざまに撃てば簡単に終わる。足のつかないバイクと監視カメラから逃げ切れるルートさえ用意すればいい。捜査の基本は怨恨だ。縁の無い人間から怨恨を探すのは難しい。
しかし今回の依頼は暗殺及び死体処理だ。死んだという事実すら残してはいけない。そうなると話は変わる。
人間を一人消すのは大変だ。成人男性なら少なくとも50キロ。加藤は大体70キロはあるだろうか。撃って運んでポイするを一人でやるのは相当骨が折れるしバレるリスクも非常に高い。
だから脅して自分の足で樹海か太平洋かあるいは日本海にでも行って貰おうと思ったわけだがこれは予期せぬ事態だ。俺に銃口を向けてるこの女は一体誰だ。そしてなぜ加藤もまた女を狙っているのか。
「お前は一体誰だ」
最初に言葉を発したのは加藤だった。この時点で口が動いているのだから厳密には命令違反、引き金を引くべきなのだろうがそうなると俺の命もまたなくなる。目的は報酬をもらうことであって任務遂行ではない。死んでもやりとげなければならないような仕事には今のところ恵まれていない。
「誰でもいいだろ」
「ちゃんと名乗ったらどうですか吹田さんのとこのヒットマンさん」
女がわざとらしく俺の素性をばらす。女が俺に銃口を向けているのは偶然などではないようだ。別の組織の殺し屋かそれとも怨恨か。加藤がにやりと笑う。
「吹田のとこのやつにしては見ない顔だ。雇われか?」
「だったらどうする?」
「どちらにせよ始末するだけだな」
「お前はこの銃が見えないのか? それとも俺が素人にでも見えるか?」
加藤がごくりと唾をのむ。しかしすぐに反撃に出る。
「別に俺がお前を打つ必要ないだろ。俺が狙ってるこの女がもうお前の頭にしっかり狙いを定めてるんだぜ。俺が脅せばお前の頭は粉々だ」
「加藤、お前はこの女が脅せば引き金を引くと思ってるのか?」
「自分の命より優先すべき命なんかないだろ」
「そうだな。じゃあこの女が引き金を引くことはない」
「ヒットマンさんの言う通り。加藤さん、あなたこの状況がまだ理解できてないみたいね」
女が困惑する加藤を横目で見ながら笑う。女と加藤は知り合いなのだろうか。少なくとも加藤は女を知っているようだが。
「加藤さんがもし私に向けて銃を発砲したらその瞬間、こちらのヒットマンさんの銃があなたを撃ち殺して終わり。だからあなたの脅しは意味をなしてない」
「だからってお前がこの吹田のとこのやつを撃たない理由もないだろ」
加藤が反論する。しかりその意見が間違っていることは明白だ。
「もし私が先に撃ったら今度は加藤さんが私を撃つだけでしょ。今みたいに自分が攻撃したら自分も攻撃されて助からない膠着状況をメキシカン・スタンドオフって言うの」
加藤の言葉が詰まる。こんな状況でもこの女は頭がちゃんと回っている。同業者か。少なくとも素人ではない。
「こうなったらもう誰も動けない。仲良く銃をおろしましょうか」
「そんな分かりやすい手口に引っかかるかよ」
加藤が女の提案を突っぱねる。しかし女は続ける。
「じゃあこのまま体力と集中力の限界まで続ける? こちらのヒットマンさんは確かな腕の持ち主だと聞いているけど」
加藤の表情が曇る。依頼主によると加藤の本業はビジネスの方だ。銃の構えを見ても精々チンピラのそれで、もう少し距離が離れていたら女は簡単に避けるだろう。
「賛成だ。銃をおろそう」
戦況を理解した加藤が賛同する。ちらりと俺に目を向ける。仮に今のまま時がたつと最初に隙を見せるのは十中八九加藤だろう。その場合に女はまず俺を撃ち、それから加藤を狙うか逃げるか。いずれにせよ俺に勝機はなさそうだ。全くついてない。
「俺も賛成だ」
「じゃあカウントダウンでゼロになったら一斉におろす。それでいい?」
「OK」
加藤もうなずく。誰かが裏切って銃をおろさなかったら死ぬ。リスクは高い。しかし確実に訪れる最悪を免れるためにもそれは仕方のないことだ。負けない可能性があるのだからそれに賭けるしかない。
「それじゃあ数えるよ。3…2…」
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