メキシカン・スタンドオフ

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「待て」 その言葉は無意識のうちに自分の口から出ていた。あまりにも突然の声に第四の男が現れたのかと思ったくらいだ。しかしそれは俺が、というよりも俺の喉と口が勝手に動いたようだ。 加藤が睨みつけてくる。この男がうっかり照準を女から離したらその瞬間俺は終わりだ。理想はこいつに女を撃たせること。しかしそんなこと出来るのか? 撃ったら撃たれることを加藤はもう知っている。 「加藤。そんなに睨むなよ。こんな状態で相手の言葉を信じて銃をおろすなんてやっぱりどうかしてるだろ? 俺が銃を下ろさなかったらお前は死ぬんだぞ」 策がないなら時間を稼ぐしかない。とにかく加藤を落ち着けてかつ女に引き金を引かせないことだ。 「いいか加藤。この状況で自分だけが生き残るにはどうしたらいいか分かるか?」 「お前が死ねばいい」 「半分正解だ。でもより正しい答えは自分が銃口を向けている相手に発砲させることだ」 「答えを教えてあげるなんて優しいこと」 女が嫌味の混じったトーンで言ってくる。やはりこの女はそこまで分かっている。 「……確かにそうだな。でもそれは結局お前が死ぬことに変わりないだろ」 「いや違うね。お前が確実に勝つ方法はお前がその女に引き金を引かせることだ。女の発砲音に反応して引き金を引く。それが必勝法だ」 「随分と優しいじゃないか」 加藤がにやりと笑う。そうだ、これは嘘偽りのない必勝法だ。自分が銃口を向けている相手に発砲させる。つまり俺は加藤に引き金を引かせなければならない。自分に向けられた銃を排除さえ出来ればあとは撃つだけ。 「音に反応して撃つくらいお前でも簡単に出来るよな加藤」 「目を瞑ってても出来るな」 そう、今はこれでいい。加藤が確実に女を仕留められると二人ともに認識させることだ。これなら女は迂闊に引き金を引けない。この女が命をどぶに捨てるようなバカじゃなければだが。 「全員が必勝法を知ってしまったらそれはもう必勝法と呼べないんじゃないの?」 女が半笑いで俺を揶揄する。こいつの言葉に誘導されてはいけない。このまま時間が過ぎれば確実に女にとって有利になるはずだった。それなのになぜ女は全員が銃を下ろすなんて提案をしたのか。加藤に銃口を向けられているからだろうか。確かにやつはルールを理解できていなかったしうっかり発砲するリスクもあった。でもそれなら俺が教えたように撃つべきタイミングを認識させればいいだけだ。最初に撃ったら負けだと分かればそこから動き出すことはない。何か別の答えを女はすでに見つけていてそれを避けようとしたのかもしれない。例えば俺かあるいは加藤にだけある必勝法が。 「最初に撃っても撃たれても負けってのは分かりやすくて助かる」 加藤はもう完全に落ち着きを取り戻している。右手に構えた銃はピタリと止まっている。これで女が迂闊に動くこともない。時間は稼げた。しかし同時に加藤が最初に発砲する可能性も低くなってしまった。だがまだきっとなにか抜け道があるはずだ。 「結局全員同時に銃を下ろすしかないんじゃないの?」 女が呆れた口調で提案する。やはり今の状況は女にとって不利なのだろう。それはいったいなぜだ。 「悪いがその提案には乗れないな。この吹田のとこの殺し屋が銃を下ろす保証がなにもない」 「加藤の言う通りだな。あんたが俺を狙っている以上、銃を下ろす気はない」 女がため息をつく。交渉決裂。武器を捨てれば攻撃されないなんて平和主義者の世迷言だ。世界はもっと嘘にまみれ自己中心的だ。 「じゃあこのまま緩やかに死を待つことね」 女が余裕の表情を浮かべる。そう、このまま時間が過ぎても女の勝ちだ。主導権を握るためには俺が決断を下さなくてはならない。しかしどうやって。引き金を引くこと以外に俺が出来ることはなんだ。この距離では避ける前に銃弾を撃ち込まれる。あと他に出来ることは……降参くらいか。 運が悪かった。いや、加藤が相手ということでどこかに油断があったのかもしれない。誰かに狙われることも今まで経験してこなかった。この女はなぜ俺を狙っている。金か? だとしたら可能性はあるかもしれない。 「なぁ加藤。俺はお前を殺すと金が入るんだ。だから大人しく死んでくれないか」 「そうか。でもよぉ。お前が死んでも金は入るんじゃないか? なぁ?」 加藤が女に笑いかける。女は表情を変えないがそれは恐らく当たっているのだろう。この女は加藤のところの元殺し屋で今は別のところで働いてるという感じか。しかし殺し屋を始末して報奨金を払うなんて随分と金銭的に余裕のある依頼主だ。自分の身の安全の為には金を惜しまないというタイプか。俺もそれに賛成だ。 それにしても素性がバレているとなるともうこの仕事も潮時かもしれない。命を狙われる側になってまで大金が欲しいとは思わない。とにかく金が欲しいなら雇われの殺し屋なんかやらない。出来ることなら今すぐ降伏して足を洗って逃げ出したいくらいだがそれを許してくれそうもない。逃げられなきゃ加藤が死んでも金は入らない。 そう。加藤が死んでも俺が死んだら金は入らないんだ。加藤が死んで俺が生きていなければならない。そうだ。そのためには加藤に女を撃たせる必要がある。いや、そうじゃない。もう一つの可能性だ。女の銃を加藤に向ける。そう、逆回転だ。時計は逆に回せる。 「よし分かった。じゃあこうしよう」 加藤と女の視線がこちらに向く。 「俺が銃を下ろす」
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