メキシカン・スタンドオフ

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勝負は一瞬だった。 銃を下ろしてそれを加藤の右側に投げる。それに一瞬向けた加藤の視線がこちらに戻ってくることはなかった。 加藤を撃ちぬいた銃声を合図に俺は女との間合いを詰める。銃がこちらに向けられるより速く腕をつかみ捻り上げる。女がうめき声を上げる。 「……あんたの勝ちだよ」 女はあっさり負けを認め銃を手離す。 「ほかに武器は持ってないか?」 「あったところであるって答えると思う?」 「……仕方ない調べさせてもらう」 「あー分かった分かった。ないですよ。でもどうせ信じないでしょ」 「信じるさ」 そういって女の腕を離す。 「本当にお優しいこと。それともフェミニストか何か?」 「違うさ。ただあんたは俺を殺さない。少なくとも今はね」 「なんでそう思うの」 「今の俺を殺すよりも加藤を殺した報酬を貰った俺を殺したほうが得だろ?」 「つくづく頭が回るね」 「それはお互い様だ。おかげで俺が勝てた」 ほんの少し前まで俺は自分が銃を下ろしたら負けだと思っていた。しかしそれで実際に負けるのは俺ではなく女の方だった。俺が銃を下ろしたことで自由になるのは加藤であり、自由になった加藤が狙っているのは女であり俺ではない。俺が銃を持っていようといまいと俺の勝ちにも負けにも繋がらない。 ここからは賭けだった。加藤が先に状況を理解したらすぐさま女を射殺し俺に銃口を向けただろう。勿論そのタイミングで俺が逃げることは出来るかもしれないが可能性はあまり高くない。 女が先に状況を理解した場合、俺を撃つことは出来ない。なぜなら加藤にはあらかじめ女が引き金を引いた瞬間に自分も引けと必勝法を教えたからだ。俺を撃てない以上、残った選択肢は加藤を撃ち殺すしかない。だから俺は銃を投げて一瞬の隙を作った。時計回りに向いていた銃口は逆流する。女が加藤を撃ち殺してくれれば次に俺を狙うまでわずかながら時間が出来る。その一瞬があれば十分だった。 「負けは負けだけど。あたしが逆の立場ならもっと早く答えを出せた」 「そうかもな。でも運は俺に合った」 仮に女が最初に銃を下ろしても同じような結果は得られない。俺が加藤をそのまま撃ち殺して女を狙えば終わりだ。女が唯一勝てたパターンは加藤が一人だけ銃を下ろした時だけだ。しかしそれを加藤が自分の意思で行う可能性は低い。つまりこの並び順は俺にとって幸運だった。 「あたしが加藤より先に気づいて撃ち殺すってのは読んでたわけ?」 「それが俺にとってベストだとは思っていたよ」 「……ねぇ、あんたは銃を捨てるんじゃなくてあたしに向ければよかったじゃない。加藤に狙われてるあたしは引き金を引けない。かといって堂々と加藤の方に銃を向ければあいつは反射的に撃つ可能性が高い。少なくともあたしは確実に助からないし、加藤と一対一になればどうとでもなるでしょ」 女の指摘は確かに正しい。その選択肢も俺の中には浮かんでいた。しかし。 「俺の依頼主が殺してくれと頼んだのは加藤であってあんたじゃないからな」 「余計な殺生はしないとかそういうのに憧れてるタイプ?」 「まさか。今回の依頼は殺人と死体処理だからね」 「だから?」 そう、今回の依頼は暗殺だけじゃない。死体処理は重労働だ。 「一人で二つの死体を処理するより、二人で一つの死体を処理する方がずっと楽だろ?」
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