前半-1

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前半-1

僕の腕に蛇が登って来た。 チロチロと舌を出して腕を舐め回す。 猫の舌のようにザラリとしている。 蛇はいつの間にか猫になり。 猫はいつの間にか蛇に戻る。 気づいたら舌が乳首を舐めて蛇の身体が僕の身体に巻きついてる。 「つ…っ、あ…」 蛇の先端が自分の反り返ったソコに強く絡みつく。 敏感になった身体を舐め回す蛇。 否、蛇ではない。 男だ。 「はッ…やめ、ろ…」 男は自分の拒絶する声に反応してニヤリと笑う。 まるで爬虫類(はちゅうるい)の顔だ。 「気持ちイイんだろ?やめて辛くなるのはお前だ」 「ひっ…あ、あっ!」 ソレを手で強く握られて、仰け反る身体。 目の前が赤く染まっていく。 赤い部屋が二人を照らす。 「も、やだ…、早く…」 一刻も早く、早く解放して欲しい。 羞恥心など捨ててしまえば、希望は叶えられるのだろうか 「どうなりたい…ッ、なあ?」 男が耳元で囁く。 甘い声ではない、サディストな支配者の声。 あぁそれでも良い。 何でもいいから。 「イキたい…ッ!頼むからイカせて…!」 その言葉を聞くや否や、男は声を出して笑う。 そして僕の髪を掴んでこう宣言する。 「今日3回目だな。何回でもイカせてやる」 僕はもう、抗うことなくこの爬虫類の男にしがみつくしかない。 辺りは紅く染まって、壁には紅い花。 「あっ!あ、あ、あッ、も、イク…ッ!」 ビクンと身体が跳ねて僕は初めて他人からの刺激でソレを辺りにぶちまけた。 目の前に雷が落ちて焦げた匂いが鼻に付く。 笑いながら男は更にイッたばかりのソレを手で弄ぶ。 「まだまだ、…覚悟しろよ」 口から見えた舌の先端が、蛇のように二股に分かれていた。 *** 僕は湊瑞希(みなとみずき)。大学2年。 一年間休学していたから、本来なら3年だ。 就活をボチボチ始めている友人達を尻目に僕はまだ呑気にしている。 とは言え、僕は就職する気はサラサラない。集団の中で生活するなんて真っ平御免。今の生活ですら吐き気がする。 一年休学していた理由はこの僕の性格。 否、性格ではなく、病気か。 昔からとある精神疾患に罹っていた僕は昨年の夏、症状の悪化した事により、通学がままならなくなっていた。 何をするにも身体が動かない。 元々趣味など無かったけれど、辛うじて続けていた釣りも出掛けるのが億劫になり、今や竿が何処にあるのかさえ覚えていない。一人暮らしの僕は外出をしなくなり、人と全く話をしなくなっていった。 ヒトは話をしなくなると脳が退化するのか物を考えることすら出来ない。集中力も記憶力も無くなっていく。こんな状況で通学など出来るわけもなく欠席が目立つようになる。 数少ない友人が心配して家を訪ねてきた頃には、酷い売り様。結局、入院して休学を余儀なくされたのだ。 退院後も向精神薬などの薬を処方されて何種類かを服用している。 今やパッケージのフィルムを見て、何の薬か判断が出来るほどに、僕の身体は薬漬けだ。 授業もかったるくて仕方ない。特に今日は午後から雨の予報だ。きっと気圧が低くなってるのだろう。 こんな日は特に調子が悪い。ずっと耳鳴りが止まらない。 講座を聞きながら大欠伸が出た。 周りに人が座っていないこの場所が、僕の特等席だ。それなのに、アイツが声を掛けてきた。 「隣、いいか?」 突然話しかけられて、思わずその男をゆっくりと見上げた。 真っ黒な短髪のソイツはわざわざ僕の隣に座る。他の場所だって空いてるのに。 「…」 隣に座られると落ち着かない。いわゆるパーソナルスペースが広い僕にとって隣の席でも不安になるのだ。僕は無意識に爪を噛んでいた。 午後からの気圧と、ソイツの所為(せい)ですこぶる調子が悪い。 気のせいかくらくらする。 頭を抱えていると、隣に座ったソイツがシャーペンで机をコンコンと叩いてきた。僕が気怠そうに奴を見ると「大丈夫か?」と小声で聞いてくる。 「…少し気分悪いけど、治るからほっといて」 僕はそう答えて鞄の中から錠剤を取りだす。 ブルーのフィルム。抗うつ剤だ。 ペットボトルのキャップを開けて、錠剤を口に入れ水で流し込む。頭痛薬や胃薬の様に即効性は期待出来ないから、あとは効き始めるまでふて寝するしかない。 僕は机に顔を埋め、寝ようとしたがふと視線が気になった。隣の奴が僕をジッと見ていたのだ。 「…何?薬飲むの、そんなに珍しい?」 「あ、いや、…あのさ」 僕の脳はもうヒトと話すことを拒んでいて、奴を睨みつけていた。それなのに、奴は話しかけてくる。 「あんた、湊だよね?相談というかお願いがあるんだけど」 ああ、もう面倒くさい。早く話を止めてくれ。 「クスリ、分けてくんない?」 「…は?」 奴の突拍子のない願い事に、思わず声が出た。他人が薬飲んでいるのを見て欲しいだなんて、何なんだコイツ。 「詳しいことは後、話すからさ」 両手を合わせて話だけでも聞いて欲しい、と言われ僕は混乱する。何の薬か分かって言ってるのか?(ただ)の変態なのか? 取り敢えずこの場を何とかしたくて、講座後に話を聞くことにした。 今思えば、ここで断っていたら運命は変わっていた筈だった。 講座が終わり、皆が教室から移動する。 丁度昼ご飯の時間だ。僕はなるべく早く人が多くないところに行きたくて、奴と一緒に構内の人気のないベンチに座る。 「で、何で薬が欲しいの」 単刀直入に僕が聞くと、奴は突然笑う。 「ホントに人間嫌いなんだな、湊」 名前をまた呼ばれた。 そもそも何で、僕の名前を知っている。 「まあそんなに睨むなよ。…アンタが精神病棟に入院してたって、あちこちで噂になってるよ」 ああこれだから、ヒトは面倒くさい。僕の問題なのに、何でこんなにグイグイ噂を立てるんだろうか。 「俺はコーイチだ。宜しくな」 コーイチは手を伸ばし握手してこようとしたが、握手する義理などない。知らん振りして、鞄の中から薬の入ったタッパーを取り出した。 「こんだけあるけど。頭痛薬でも欲しいの?」 コーイチは伸ばした手を僕の方からタッパーの方へ向けて、中から赤のフィルムを迷いもなく取りだす。その薬は効き目は良いが、依存性が高すぎて中々処方されない「レアな」向精神薬だ。 知ってか、知らずなのか一発でそれを取り出したので、僕は驚いて思わずコーイチを見る。ニヤニヤ嫌な笑顔を見せて、コーイチは薬の名前を告げた。 「俺は別の角度からクスリに詳しいの。なあ、これ頂戴。中々手にはいらねぇんだよな」 「…駄目だ。僕にとっても宝物だし」 「宝物、ねえ。じゃこっち」 今度は銀色のフィルム。こちらも依存性が高い。だけど赤の方に比べると手に入りやすい。 「こっちなら…」 小さく呟いた僕の言葉にコーイチはすぐ反応する。 「やった。悪りぃな」 コーイチはその後もタッパーを見ていたが、もっと取っていきそうなので、慌てて鞄の中に納めた。 「何だよ、ケチな奴だな」 「初対面の奴に言われたくないね」
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