覗き窓の桜【短編】

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「ライブ中継。あるんじゃないかと思って探したら、あったよ」 「へぇ、なかなかいいじゃねぇか」  そりゃ、こんな桜が並んだ中に行けたら文句ねぇけど、行けねぇんだから、これが出来る範囲で最高のことだ。 「夕、乾杯」 「おう、乾杯」  ペットボトルと缶を打ち合わせると、何とも情けねぇ音が出るとこもそれっぽいな。  からの、寿司にピザに唐揚げ。結構、気分出る。  卵焼きは手作りだ。ほんのり甘めで美味い。綺麗に巻いてあるし、やっぱ器用だ。 「思ったより人歩いてるな」 「だな。バッカじゃねぇの」 「危ないって言ってるのに」 「こういうのが感染(うつ)して歩くんだよな。いい迷惑だわ」  そんなことを喋りながら、あれこれつまむ。統一感のないメニューが、逆に花見気分を盛り上げる。  ベルノワールの活動もそうだけど、こいつは人の気持ちを推し量って、楽しませたり喜ばせたりするのが好きだ。で、上手い。  こんなことよく考えてくれたな。不自由な今の東京で出来る、精一杯の気遣いがすげぇ嬉しい。 「家で花見も悪くねぇな」  これが一人だったら、虚しいばっかだろうけどよ。惚れたヤツと一緒にいるんだから、そりゃもう楽しいよ。 「夕」 「ん?」  宵闇が、俺の腰に手を回して引き寄せる。こいつ、パンイチに照れるくせにくっつきたがりだ。  顔を見て笑ってやると、目を細めて緩く微笑む。ほんと可愛いぜ。 「ま、外でこんなイチャイチャ出来ねぇし、家もいいもんだな?」  そう言って、宵闇の後頭部を掴んで顔を寄せてやる。 「ほれ」  宵闇はくすっと笑うと、俺の額にキスをする。 「バーカ。そっちじゃねぇだろ」 「ん?」  とぼけんなよな。わかってんだろ。唇の端が上がってんぞ。  俺から唇にキスをしてやる。 「サンキューな。準備してくれて」 「来年は、外で花見しような?」 「ベタベタ出来ねぇぞ?」 「うーん…」  ヤツは上を向いて、ちょっと真剣に考えてる。バカだよなぁ。 「そん時は花見して、家帰ってからヤりゃいいだろ」  俺が言うと、宵闇はめちゃめちゃ複雑な顔をする。戸惑ってんだか嬉しいんだか照れてんだか。  軽く頭を揺らしながら、何て返そうか考えてる。頭のてっぺんで縛った、長い銀色の前髪がゆらゆら揺れてる。俺は手を伸ばして、その頭を撫でてやる。 「ま、飯食ったらな?」  小さい窓みたいな画面の中では、いい感じに咲いた桜が、僅かな明かりにぼんやり浮かび上がってる。もう少ししたら、花吹雪が綺麗だろう。
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