50人が本棚に入れています
本棚に追加
姓名で呼ばれ、少年が初めて反応した。
無言のまま気怠い仕草で顔を上げ、懐かない猫を思わせる動作で無関心に振り向いた。
途端に、教室に居残ったクラスメイト達の目が、一斉に彼に集まる。
いや、彼を注視する視線は、廊下からも注がれる。
女性よりもさらに整った貌。
同性でさえ動悸を覚える程の、綺麗な少年だ。
細く長い前髪の下で物憂さを湛える双眸、高く通った鼻筋。
どこか哀しげながら、曖昧に結ばれた口許。
男にしておくのがもったいない、しかし男にしか似合わない、そんな背反した表現が相応しい。
この男子、華岡愁二は不機嫌に吐息をつき、目の前の男子につっけんどんに文句をぶつける。
「……どうでもいいけど、ひとのことフルネームで呼ぶなよ。藤原飛鳥」
自分もフルネームで切り返しておきながら、華岡は冷淡な素振りで机に頬杖をつく。
さらに興味なさそうな半眼で、藤原という生徒を横目に捉える。
「で? 何か用?」
一応は聞いておきながら、あからさまに迷惑そうな、『来るな帰れ』と言わんばかりの華岡のポーズ。
彼の容姿も相まって、取りつく島はないどころか、虚空に浮かんだ氷山のような佇まいだ。
どう彼に近付いたらいいのか判断が付かないし、仮に近付いてもどう接したらいいのか途方に暮れてしまうだろう。
しかし藤原は、皮肉めいた笑みに口元を吊り上げ、平気な顔で華岡のパーソナルスペースへと踏み込む。
「まずは”アレ”を返して欲しくてよ。まあ、でもそいつは後でいーや」
「『アレ』だって?』
すっきりとした眉根を寄せた華岡だったが、すぐに曖昧にうなずいた。
「ああ、朝預かったアレのことか。後で返す。用はそれだけ?」
さらに問いを重ねた華岡を見て、藤原が突っ込む。
「お前がぼーっとしてんのはいつものことだけどよ、お前、何見てた? 外見てたろ」
「ああ、興味ある?」
淡々としつつも、聞き返してきた華岡に、肩をすくめた藤原がにっと笑う。
「ちょっとな。まさかお前が女のコを見てるわけねェしよ。何だろな、と思ったんだ。まあ付き合いの長いお前のこったから、想像は付いちまうけどよ」
「おいおい、凄い言い方だな」
最初のコメントを投稿しよう!