ようこそミルク

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ようこそミルク

自宅に戻った俺は、何をすればいいかわからなくなっていた。 そもそも動物をを飼った事がないし、この危篤状態にどんな処置を施せばいいのかもまるでわからなかった。 勢い任せで連れ帰ってしまったことを再び後悔する。 とりあえず、体温を取り戻すために暖かいお湯を張った桶に子猫をそっと浸からせてみた。 ある程度浸からせた後、再び体温が下がらないように、すぐさましっかりタオルで濡れた体を拭き取る。 そしてドライヤーで体を乾かしていく。 ほんとにこんな方法でいいのか全くわからなかったが、俺は必死に子猫に声をかける。 「死ぬんじゃないぞ…俺が絶対助けてやる。頑張れ…頑張れ…」 長年機能していなかった涙腺が大洪水を起こし、俺の瞳は大量の涙を流しながら、必死にその命に呼びかけ続けた。 それから子猫の体はなんとか乾き、子猫の表情も先ほどよりも良くなっていた。どうやら大丈夫だったみたいだ。 ひどく安心してしまい、思わず大きなため息がこぼれ出る。 少しその場に座り込んだ後、ふと、まだ冷蔵庫に牛乳が残っている思い出し、誰のために置いてあるのか分からない、長年使われていない綺麗な皿に少しばかりの牛乳を注いで飲ませてみることにした。 子猫は小さな舌を器用に使って、とても美味しそうに牛乳を飲んでみせた。 そして元気に「ニャー」と返事までした。 「そうか…美味しいか。」 俺は不器用に笑って、子猫が美味しそうに牛乳を飲む姿をじっと見ていた。 子猫が助かったのはとても嬉しい事だ。しかし問題はここからなのだ。 全く動物の飼育経験ない俺が、この子猫を育てていく事ができるのか。 そもそも猫って散歩とかするのか。 何を食べるのか、何が必要なんだ。 トイレはどうやってするのか。 分からない事が多すぎて頭の周りにひよこが回りそうな勢いだ。 病院に連れて行って保護してもらったほうがこの子にとって幸せなのではないか。 こんな俺と一緒にいなくても、お前に愛情を注いでくれる優しい人間はきっと見つかる。 こんな俺なんかと一緒にいなくても。 「ニャー」 子猫が俺に何かを訴えている。 よく見ると綺麗に牛乳を飲み干している。 「はは…なんだ、お代わりが欲しいのか。」 お代わり分の牛乳を皿に注ごうとしたが、牛乳はさっきの分でどうやら最後だったみたいだ。 「すまねえな。牛乳はさっきので無くなっちまったよ。また明日買ってきてやるから待ってな。」 「ニャー」 「だから無いんだってば…」 「ニャー」 「なんだよっ…可愛いな…くそ…」 子猫は俺の足にすりすりと頭を擦り付けてきた。 慣れないその手で子猫の体に触れる。 温かかった。 とても、とても温かかった。 忘れていた温かさがそこにはあった。 「俺は、お前に幸せになって欲しいんだよ、だから明日お前を病院に連れていく。いいな、俺はただのお節介なおじさんだ。」 「ニャー」 「俺は…お前をきっと幸せにできない。お前といつも一緒にいれるわけじゃ無いんだぞ?」 「ニャーニャー」 「俺は一人が好きなんだ。」 「ニャー…」 「…お前もひとりぼっちなんだよな…」 「ニャー」 「お前はどうしたいんだ?これからどうしたい…」 「ニャー!」 子猫は、大きな声をあげるとともに、俺の胸に思いっきりジャンプして飛び移ってきた。 そして俺の胸にすりすりと頭を擦り付ける。 俺はその子猫を優しく抱きかかえ、情けない声で語りかけた。 「俺と一緒に生きてくれるのか…?」 「ニャー!ニャー!」 「ははっ…そうか!これじゃあひとりぼっちじゃなくてふたりぼっちになっちまうな!!」 「ニャー!」 「名前…つけないとな。」 ふと空にになった牛乳パックを見つめる。 「ミルク…ミルク…お前の名前はミルクだ!いや、でも黒猫なのにミルクってやっぱりおかしいか。」 「ニャー!ニャーニャー!」 「なんだ、ほんとにそれでいいのか?」 「ニャー!」 「そうかそうか!これからよろしくな、ミルク。」 「…ありがとう…」 「ん?なんか言ったか?」 「ニャーニャー」 ふと何か聞こえた気がしたが、 きっと気のせいであろう。 こうして俺とミルクのふたりぼっちの生活が始まった。
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