柚木 梨沙の場合

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「それでは相沢さん……相沢さん?」 そろそろ失礼します、と挨拶したかったのに、相沢さんは腕を組んだまま固まっている。口だけが何かを呟いているから、そっと耳を近づけると―――「イケル」と聞き取れた。 「いける……これはいける、これはいけますよ柚木さん!まだデビューして間もない二人が、こんなに仲がいいだなんて知っているファンはそう多くはないはず。マグネはSNSとかやってます?」 「い、いやー、活動情報を発信するアカウントはありますけど、プライベート的なものは無いですね。」 「絶対作るべきですよ!あ、でも、アカウント作成する前に、2人のオフショットを載せたページをうちで短期連載しませんか?まだ世間に出回っていない2人の姿に読者が殺到するだろうし、マグネの話題性にも繋がります。最終回でSNS開設を告知すれば、フォロワー数もうなぎ登りですよ!」 「やります。」 即座にお互いに差し出した手をガッシリ握る。―――これは、思いがけないところで2人を世間にアピールする大チャンスを得たわ! 周囲の関係者が不思議そうな目で見つめる中、私たちはこれから共に戦場へ向かう戦友のような気持ちで微笑みあう。 「柚木さん、もう一度言います。アイドルにとってルックスやパフォーマンスは言わずもがなですが……あの2人の仲が良すぎる姿は、今の時代の女性が本能で求めるものです。」 「ほんのう…だと…!?」 アイドルの競争率が激しいこのご時世で、『Mag.negia』はルックスもパフォーマンスもどこのグループにも負けない自信があるけれど、まだ駆け出しだし、人気を上昇させ続けられるか、維持できるかは分からない。すべてはファンの心を掴めるかどうかにかかっている。 (相沢さんが正しければ、私がマグネに出会った時から感じていた違和感……『あの2人、距離感おかしくね?』は、ファンの本能を揺さぶる最大の売りポイントだったのか!?) 相沢さんのぶっ飛んだ発言を元にさっきの撮影を思い返すと―――もしかして、カメラ越しの自分たちに微笑むより、那月に向かって微笑む志摩を求めるファンもいるってことじゃない?それでいいのか?それで満足なのか全国のアイドルファンよ………いや、それよりも、 (それを無意識でやってるうちの子、やっぱ天才じゃね!?) マネバカだろうが親バカだろうが、何とでも言うがいい。うちの子の夢のためならなんだってするんだ、私は! とにかく帰社したら即行で、社長にSNS開設の許可を取ろう。そう胸に誓う私の隣で、スマホを耳に当てた相沢さんが、自社にオフショット短期掲載について、早口でまくしたてていた―――いやだからこの人、行動早すぎるだろ!?
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