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柚木 梨沙の場合
スタジオ内にシャッター音と、カメラマンの声がしきりに響く。
「いいねいいねー!最高だよ!」
私を含め、スタジオ内の多くの人間が立っている場所は薄暗い。その一方で、スタジオの中で唯一照明を浴びているソファの上には、2人の青年が座っている。シャッターを切る音に合わせて、器用に表情やポーズを変えながら撮影されているこの2人こそ、我が社の『商品』だ。
「いいですね、あの2人。」
「ありがとうございます。」
不意に、私の隣に並んだ女性が控えめに声をかけて来た。咄嗟に相手の首から下がっている札をバレないように確認すると……この人知ってる、大手出版社の編集部の人だ!これはもう、光の速さで名刺を取り出すしかない。
「初めまして、本日撮影を見学をさせて頂いております、『桜葉社』の相沢です。月刊『Peechi!』の編集を担当しております。」
―――って、この人名刺出すの早っ!どっから出したか全然見えなかったんだけど!?
「私は『ミューズプロダクション』の柚木と申します。マネージメント業をしておりまして、『Mag.negia』の…」
「北杜 志摩君と南雲 那月君ですよね。
ふふ、流石に人気急上昇中のアイドルを知らないなんて言いませんよ。雑誌の読者アンケートでも、『マグネ』を特集してほしいって意見が凄く多くて。是非近い内に取材させてください。」
「ありがとうございます!是非よろしくお願い致します。」
穏やかな声と笑顔を保ちつつ、心の中では盛大にガッツポーズを決めた。――― よっしゃあああ!!大人気女性向けファッション雑誌『Peechi!』なら、次回アルバムの宣伝にうってつけだ。折角ならデビュー2周年記念も合わせて特集してもらおう。
私がこっそり舌舐めずりをしていることなど知らないであろう相沢さんは、撮影セットの方を見ている。
「私、2人を生で見るのは初めてなんですけど、本当にイケメン。特に志摩君は背が高いし身体つきもしっかりしてるから、うちの雑誌でも衣装映えしそうですねぇ。お顔の彫りが深いのに、垂れ目っていうのがまた良い。爽やか系からワイルド系、チャラ優男系とか、とにかく幅広くいけそう。」
当の本人、北杜 志摩は183cmある身体をソファの上に寝そべらせ、羨ましいほど長い脚を組み換える。軽くパーマがかった黒髪をかきあげつつ、カメラへと視線を流して微笑むと、女性スタッフ陣から「顔がイイ!!」と歓声が上がった。
衣装の黒いシャツがはだけて覗く筋肉は、彼の得意なダンスパフォーマンスの要であり、ライブには志摩のダンス目当てに来る男性ファンも多い。
「那月君は志摩くんとは反対に、中性的で綺麗な顔してますよね。清楚、カジュアル、ストリートにサブカル系とか、美容企画とコラボするのもいいかも……ご存知ですか?うちの雑誌で『なりたい顔の女性芸能人ランキング』に那月君がランクインしたの。」
「はい。SNSのトレンドになってるのを見つけた志摩が、那月をからかってボディブローくらってましたよ。」
南雲 那月は黙っていれば女性顔負けの美人だが、ああ見えて気が強けりゃ喧嘩も強いし口も悪い(志摩談)。
ステージではファンに向かってキラキラのスマイルを振りまき、音楽番組で切ないバラードの高音を難なく歌いあげたかと思ったら、次の時間帯のドラマではアクションシーンで大暴れしてたりするので、事務所に「おたくに南雲って子は何人いるんですか?」と問い合わせが来たほどだ。
「あはっ、何それ見たーい!本当に2人とも仲良しですね。」
「ええ、そこは助かってます。本当に仲が良くて……んっ?」
急に女性陣の悲鳴が強くなった。ソファにいる2人をよく見ると、寝っ転がる志摩の枕が、クッションから那月の膝に変わっている。
(エッなんで?何サラッと君たち膝枕してんの?いつの間に?)
カメラマンやスタッフ側の指示ではなさそうだけど―――志摩、なんで君は下から手を伸ばして那月の髪を撫でてるんだい。那月に向かって微笑むな、カメラ越しのファンを見なさい!
那月も志摩をガン無視してるのは良いけど、君は一体なぜ膝を提供したんだい?なぜクールな表情をきめてられるんだい!?
「あらぁ…噂って本当だったんだ。」
「う、噂って?」
相沢さんが呟く声で我に帰る。相沢さんは口元に手を当てているが、横から見たら口角が上がっているのがはっきり分かった。
「『Mag.negiaはそっちの可能性アリ。』」
「は?どっち?」
「まあ、要するに乙女ホイホイってことね。これは別の次元にいる女子も、吸い寄せられるわけだわ。」
「え?」
今うちのアイドル、置き型害虫駆除アイテムみたいな名前つけられてなかった?相沢さんに詳しく聞きたい所だが、すごく輝いた目で2人を見ていて声をかけ辛い。
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