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“永倉、なんで自殺したんだろうな?”
“あの子、ほとんど一人で行動してたけど、自分から周囲を拒絶してる感じだったし、自殺するようには見えなかったよね”
“自殺した原因、気にならない?”
うつらうつらと久志が自分の思考に囚われているうちに、トーク上では喜美枝がなぜ死んだかという話題で盛り上がり始めていた。
屋上からの転落死。屋上にはプールがあるものの、まだプール開きもしておらず、通常立ち入り禁止で夏以外誰も近づかない場所であり、状況的に飛び降り自殺したという説が皆の間で最も有力だった。実際に警察もその前提で捜査を進めているらしい。
“確かに気になるね。数ヶ月だったとはいえ付き合っていたのに僕には永倉さんがなぜ自殺したのか見当もつかない。どうして彼女が死を選んだのか、僕も知りたいと思うよ”
“きみちゃんと付き合っていた遠野君はやっぱり特に気になるよね……”
“そういえば深蔵部も永倉と親しかったよな? 心当たりとかないのか”
そう航平が結衣に問い返した。
“うん。きみちゃんは私の親友だったよ。でもごめんね。私もきみちゃんがどうして飛び降り自殺なんかしたのかわからないんだ”
親友だと公言している通り、喜美枝と一番親しかったのは結衣である。喜美枝のことを「きみちゃん」という愛称で呼ぶ。その結衣も彼女が自殺した理由を知らないとは。
喜美枝の人を寄せ付けない、また寡黙でエキセントリックな性格からして自分の心の内を誰かに語るところなど想像もつかなかったが、一番親しかった結衣すら知らないのであればおそらく誰も彼女がなぜ自殺したのか見当もついていないだろう。
久志はグループトークを追うのをやめ、スマートフォンの画面をスリープモードにし机の上に置いた。LINEの通知は喜美枝の死が発覚してすぐにあらかじめオフにしておいたため、スマートフォンが鳴ることはない。
元カレとして取るべき行動は何か。他のクラスメイトならば――普通の人ならば久志と同じ立場だったらどういう行動に出るのか。
久志は思案する。
久志としてはこの件は時の流れに任せたいところだ。何もしたくない。世間を騒がす様々な事件と同じように話の種にする程度の認識に留めたい。警察が捜査してくれるだろうし、マスコミが適当に様々な考察だってしてくれるのだから、久志の出る幕などない。
しかしそれは周囲の人達から見ればあまりにも薄情に映るだろう。血も涙もない。そう形容されてしまうだろう。
過去のこととはいえ恋人という一般的に大切というカテゴリーに属する人間が死ねば常人は悲しむ。悲嘆に暮れたりするもの。そしておそらく、それが突然で自然な形でなければ「なぜ?」という理由を気にするに違いない。
久志としては喜美枝がどんな理由で飛び降りようと、彼女がその結果転落死した事実は変わらないので、それを追求することなど無意味で無駄でしかないと思っていた。
しかし久志ははみ出し者には絶対になりたくなかった。変人として蔑視の目で見られることも、そう扱われることも我慢できない。それは不完全な下等生物だとでもレッテルを貼られるようなものだ。
久志は決める。喜美枝が死んだ理由を突き止めることを。
なぜならば普通の人間であればそうするであろうから。
しかし、久志には喜美枝がなぜ死んだのか理解できないし、その理由の見当もつかない。
久志は小学校五年の時から付き合いのある腐れ縁の同級生であるとある友人のことを思い浮かべる。彼は勘が鋭く、いつもその事象の答えを導き出してくれる。
徒歩十分もかからない距離にあるそんな彼の家を訪ねようと久志は心に決める。本当は自宅待機を中学校から命じられているのだが、近くの友人の家に遊びに行くぐらいならば問題ないだろう。それに久志の両親は共働きなため、とうの昔に仕事に出掛けていた。咎める者は誰もいない。
久志は軽く準備をすると家を出た。
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