シュレディンガーの猫の遺書

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シュレディンガーの猫の遺書

木の葉を隠すには森のなか 遺言を隠すならどこだろう? 好きな本を積み重ね挟んだ栞を辿らせる 頁を総て読み終えたら一冊の遺書になる あぁ、それも悪くない 自死を掴み取った人間の強運さが羨ましい 僕のような小心者にはできやしないさ 失敗した時の金額と巻き込んだ時の金額が 常に生の天秤を重くしていて 終わりに向かう天秤には意志しかなくてさ 金には勝てないや。なんて自嘲して 遺書だけはいっちょまえに積み上げて 季節が変わるまで 季節が廻るまで 変わらずに続けちゃってる、最早趣味 死にたい訳じゃない 生きたい訳じゃない ただ、それだけでさ 死んでも電粒子として存在する程度には 思念なんか残しちゃって 自分の残した足跡を辿りながら どうしようもなく下らない思考を続けたい たとえば 黄泉比良坂への道が開いた際の地上の地獄 たとえば 世界の巻き戻しによる生態系の変貌 たとえば 今生きている総てが脳の見せる長い夢 あぁ、ほら、生きていることのくだらなさ 死んだって終わったかの証明はさ 僕自身にできやしないんだよ 自身の生死こそシュレディンガーの猫だ あぁもう、いっそさ 名前を匣猫とかにかえてやろうか? そうしたらさ そうしたらさ きっと今かいている遺書に意味がうまれて だれかが引用するかもしれない けどさ それを本人が確かめられないんだから この世界そのものが シュレディンガーの匣なんじゃないかって そんな気すらするんだよ だから、生きていたくないし 死にたくもない だから今日も遺書をかく 僕が消えたい理由くらいはさ 僕に許してやりたいからね
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