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第二十二話:後悔と決意
「……それじゃ、消毒するよ」
静かになった部屋の中央で、長岡さんは私の傷口を覆うさらしを丁寧にまきとっていく。
不思議ともう恥ずかしさはない。
周りに人がいないからというのもあるけれど、なんだか溜め込んでいたものを吐き出してスッキリとした気分なのだ。
「長岡さん、さっきはありがとうございました」
「んー? 何が?」
「かすみさんのこと聞かせてほしいって、話を振ってくれたことです。長岡さんが声をかけてくれなかったら私、思っていることの半分も伝えられないまま終わっていたと思うんです……」
事実あの時の私は場の空気にのまれていて、自分の気持ちをうまく伝えられずにいた。
長岡さんがそっと、なにを訴えるべきか示してくれたことで助けられたんだ。
「実は昨日、螢静堂で雪子ちゃんに会ってね……そこで、美湖ちゃんが随分悩んでるって聞いたんだ」
「ゆきちゃんがそんなことを……?」
それも、昨日の話か。
できるだけゆきちゃんには心配をかけないようにふるまっていたつもりだけど、やっぱり無理をしているように見えたかな。
「落ちこんでたよ。傷の手当てはできるけど、気持ちを支えてあげられないって」
「そんなことないです! ゆきちゃんがいてくれてどれほど心強かったか……!」
一人だったら、とっくに不安に押し潰されていたはずだ。
私は大きくかぶりを振って、膝の上でこぶしを握りしめる。
「うん、それでもやっぱり無力さを感じてしまうものだよ。かすみさんが行方不明のままだという事実は隠しようがないし、忘れることだってもちろん許されない。美湖ちゃんの周りの人間にとっても大きな不安要素であり続ける」
「それは……そうですね、私だけがかすみさんの行方を心配しているわけはないですから」
「そうだよ。だけど励ますにも、うかつな事は言えないからね。雪子ちゃんは、もし霧太さんが同じ目にあったとしたら、とてもまともな状態じゃいられないって、うなだれてた」
「ゆきちゃん……」
――そっか。
ゆきちゃんもむた兄と兄妹二人きりで生きてきたんだ。境遇は私と似てる。
だからなおさら、こちらの気持ちを慮ってくれるのかも。
「友達だからこそ言えないことっていうのは、あると思うよ。誰にも話すまいと抱えこんでることだって、みんな一つや二つ持ってる。でもねぇ、そういう話って、思いきって吐き出してしまった方がいいと思うんだよ」
「……そうですね」
口をつぐんで我慢して、抑えこんで。
大きなものを抱えてぐっと耐えているつもりでも、はたから見ればただうなだれて座りこんでいるだけに見えるかもしれない。
何を考えて、何に胸を痛めて、そしてこれからどうしたいのかっていう事を、きちんと真正面から訴えることも必要だったんだ。
心配をかけないように口をつぐんでにこにこしてばかりじゃ、内に秘めた覚悟なんて何ひとつ伝わらない――。
「雨京さんにも、もっと私が思っていることをぶつけてみるべきでした」
静かに、ぽつりとつぶやいてうつむく。
気づけば傷の消毒も終わり、新しいさらしが傷口を覆っている。
「そうだねぇ。黙って出てきちゃって、怒られるだろうねぇ」
「うう……怒られ慣れてはいますけど、今回はさすがに怖いです」
お化けを思わせる手つきと表情で、こちらを脅しにかかる長岡さんに苦笑する。
本気で怒った雨京さんは、おばけなんかよりずっと怖い。
「だったら、怒るより先に笑ってもらえるようにしなきゃね。方法はあるでしょ?」
「かすみさんと一緒に帰ることです――!」
「うん、そう」
こくりと頷いて手当てが終わった傷口を軽く撫でると、長岡さんは「おわったよ」と声をかけてくれた。
「あ、ありがとうございます。どうでしたか? 傷……」
着物を整えて帯を結びながら、背後に座る長岡さんの方へと視線を向ける。
「だいぶふさがってるね。順調に治ってるよ、安心した」
心配いらないと笑ってみせるその顔は、お医者さまの顔だった。
不思議と気持ちが軽くなる。
お医者さまって、みんなこうだったかな。だったらすごいな、なんて考える。
ゆきちゃんがベタ褒めする長岡さんのすごさが、なんとなく分かったような気がした。
「さて、次は中岡さんの火傷の手当てでもしに行こうかな」
てきぱきと薬箱の中を整理して、長岡さんが立ち上がる。
「え、行っちゃうんですか!? 私はどうすれば……」
「ハシさんの部屋に行くといいよ。手当てが終わったら声かけてって言ってたでしょ。案内しようか?」
「はい、お願いします!」
私は風呂敷をつかんで立ち上がり、長岡さんに続いて部屋を出た。
外は雨が降っているようで、じめりとした木の匂いがあたりを満たしていた。
流れてくる空気は冷たくて、私は思わず肩を抱いて身をすくめる。
「ハシさんの部屋は玄関の近くなんだー」
そう言って長岡さんは長い廊下を歩いていく。
私は適当に相槌をうちながら、きょろきょろと屋敷の中を見渡した。
静かで、あまり人が住んでいる気配を感じない。
たぶんこの屋敷とは別に建っていた長屋のような建物に、先刻すれ違ったたくさんの浪士さんたちが住んでいるんだろう。
「田中さん、仲間と話をしてくるって言ってましたけど、それってここに住んでる人たちですよね?」
「そうだよ、皆敷地内で寝泊まりしてる」
「ここは何かの隊なんですか? 中岡さんは隊長って呼ばれてましたけど……」
実はここに来てからずっと聞きたかったことだ。
「うん、浪士を集めていろいろやってる隊だよ。中岡さんが隊長で、ケンくんやハシさんや香川さんは幹部ね」
「へぇ。いろいろって、どんなことを……?」
「まぁ、いざという時のために訓練したりとか、いろいろだよ。そのあたりは大人の仕事の話だから、詳しくはヒミツ」
「そんなぁ。なんだかこんな話のときは毎回はぐらかされてる気がします……!」
坂本さんたちも中岡さんたちも、出会った当初からいまいち素性を明かさないところがある。
信用して動いてはいるものの、実際のところ正体不明な人々だ。
「このままじゃ不安かな? ただ一つ言っておくと、中岡さんの隊は一応藩に属して動いている組織だから、そんなに変な集団ってわけじゃないよ」
長岡さんが、むくれた顔の私の機嫌をとるようにふっと口許をゆるめる。
「藩から何かお仕事をもらっているんですか?」
「うん。そういうもんだと思っといて」
やっぱり詳細は教えてくれないか……。
まだよく分からない部分は多いけれど、あまり警戒することはないと伝えたいみたいだ。
何はともあれ、今はこの人たちを信じて行動するしかない。
大丈夫。悪い人たちじゃないってことだけは、なんとなく分かるんだ。
玄関まで来ると、長岡さんはすぐ脇に見える障子を指して「あそこがハシさんの部屋ね」と教えてくれた。
「分かりました。それじゃ長岡さん、また後で」
「うん、またね」
敷石の上で履きものに足をとおし、軽く片手を上げて別れの挨拶を済ませた長岡さんは、そのまま背をむけて屋敷の外へと出ていった。
――さてと、私も大橋さんの部屋を訪ねてみよう。
「大橋さん、天野です……」
廊下から声をかけると、すぐに障子が開いて大橋さんが出迎えてくれた。
あらためて目の前で見ると、背が高い人だなぁ。
「お一人ですか?」
「長岡さんは、中岡さんの火傷の具合を診にいくそうです」
「そうですか。どうぞ、中へ入って座ってください」
そうして案内された一室は、中岡さんの部屋と広さは変わらないものの、物が多い。
床の間に立派な掛け軸や盆栽が飾ってあり、部屋の隅には文机と綺麗な細工の入った桐箪笥が置かれている。
さらに、壁に沿って色とりどりの座布団が几帳面に重ねられていて、部屋全体の彩りに華がある。
身の回りの品に気をつかっているんだなというのが一目で分かる。
なんというか、おもむきのある部屋だ。
「大橋さんのお部屋、色合いがとっても綺麗ですねぇ」
「ありがとうございます」
感心しながら室内を見渡す私に笑顔を向けながら、大橋さんは急須でお茶を淹れてくれる。
「あ、そういえば、香川さんは?」
「夜にそなえて寝るそうですよ」
「お留守番役は、起きてずっと帰りを待たなきゃいけないですもんね」
待つ方もきっと大変だ。
香川さんはただでさえあくびばかりしていたから、きちんと眠気をとってもらわなきゃ。
「天野さんは疲れていませんか? 休みたければ遠慮なく仰ってくださいね」
「あ、いえ! 私は大丈夫です。眠れる気がしませんから……!」
気持ちの昂りは幾分か落ち着いてきたものの、これ以上ないほど目は冴えている。
それに、横になると一気に不安が襲ってきそうで怖い。
「ではしばらくお茶でも飲んで、ゆっくりしてください」
「はいっ!」
そうして、二人で向かい合って静かに湯飲みを傾ける。
思えば、大橋さんとこうしてゆっくり話をしたことはなかったな。
前に会った時はいずみ屋が炎にのまれていて、とても落ち着いて会話できるような状況ではなかったし……。
「そうだ、大橋さん。私が刺された時、おぶって診療所まで運んでくださったそうで……本当にありがとうございました」
ふと思い出して、頭を下げる。
大橋さんは、少し困ったように眉根を寄せた。
「いえ、隣にいながら結局何一つ力になれませんでしたから」
「そんなことありません! あの夜、大橋さんたちがそばにいてくれてどれだけ心強かったか! 本当に感謝してるんです!」
あのとき三人に出会えていなかったら、私はどうなっていたか分からない。
折れそうだった気持ちを奮い立たせてくれたのは、間違いなくこの人たちなんだ。
「先ほどのあなたの話を聞いて、胸が痛みました。天野さんやかすみさんを、どれほど苦しめてきたのかと……」
「苦しめた相手がいるとすれば、それは水瀬たちです。大橋さんが気に病むことはありません!」
むしろ、怒っていい。
普通は怒りが先に立つはずだ、田中さんのように。
大橋さんだって水瀬たちに何か奪われたものがあるだろうに。
「……実は、誰にも漏らさずに心にとめていたことが、一つあるんです」
苦しそうな表情で、意を決したように大橋さんが口をひらいた。
「何……ですか?」
その口ぶりの重さに、ぞくりと身が震える。
「矢生一派にいずみ屋の存在を知らせたのは、おそらく私です」
「え……」
何か発しようとして、言葉に詰まった。
一瞬、沈黙の刻が訪れる。
「いずみ屋は宿場町から少し入ったところにあって、どちらかと言うと近所の方が多く集まる店だったでしょう」
「そう言われればそうですねぇ」
一見さんは珍しく、見知った常連さんが多かったのは確かだ。
最近は浪士さんの来店も増えてきていたけれど。
「私のような浪士がのれんをくぐるといい顔をしない店も多いのですが、いずみ屋は違いました」
「かすみさんはあんまり、お客さんを選別しませんでしたから」
「はい。それに珍しい甘味も多く出してくださいましたしね。訪れるたびにたくさん土産を包んでもらって……私は、あの店が好きでした」
「ありがとうございます」
かすみさんが聞いたらきっと喜ぶ。
真心をもってお客さん一人一人に向き合ったかすみさんなりのおもてなしは、きちんと伝わっていたんだ。
「ここに土産を持ち帰り、数回仲間たちに振る舞ったこともあります」
「そうなんですか? じゃあ、中岡さんや田中さんも……」
いずみ屋のお菓子を食べてくれたのかな。
そういえば中岡さんは初めて会った夜に大福をほめてくれたっけ。
「彼らもですが、確か一度、深門にも」
「えっ……!?」
「いずみ屋は、女将一人で店を切り盛りしていると話をすると、そこに食いつくようにして細かなことをいくつも質問されました」
大橋さんの目は、悲しみに沈んでいるようにも、怒りを抑え込んでいるようにも見えた。
まだ昼なのに、不気味なほど部屋の中は暗い。
いつの間にかどしゃ降りになった雨が激しく瓦を打ち付けている。
「その話を聞いて、深門がいずみ屋に……?」
「そうなのではないかと思っています。私が彼にいずみ屋の話をしたのは一月ほど前ですが、深門が初めていずみ屋を訪れたのはいつ頃か分かりますか?」
「うーん、いつ頃だったでしょうか……そう言われれば一月くらい前からだったような気もします。最初は深門一人で来ることが多かったですね」
いつの間にか居着いていた、という印象しかない。
来るたびに長く居座って、かすみさんと他愛もない話をしていた。
かすみさん目当ての男の人は珍しくないから、あまり気にしていなかったけど……。
「深門は人懐っこい男で、話を引き出すのが上手いです。知らぬうちにあれこれと情報を抜かれていると考えた方がいいでしょう。おそらく、かすみさんもそうだったのでは?」
「なるほど……気づかないうちに店や住まいのあちこちに侵入されていたのも、そうやって情報を集められた結果かもしれませんね」
些細な会話が鍵になるのかもしれない。
そういえば、あの時――。
『美湖ちゃん、ちょっとお使い頼んでもいいかな?』
『うん! いいよ!』
いつものようにお店の手伝いを終えて、出かけようとした時のことだ。
かすみさんからお使いを言いつけられて、いくらか銭を受け取った私は、店の奥にある勝手口へ向かおうとした。
するとその時、
『あれ、みこちゃん釣りに行くんじゃないのか?』
深門から声をかけられた。
いつもは店の入り口から出ていくから不思議に思ったんだろう。
『油を買うから、油壺を取りにいくんです』
『へぇ、おつかい偉いなぁ。駄賃もらったか?』
『そんなのもらいませんよ、居候ですもん!』
そう私が返すと、深門はかるく片手をあげて『釣りの方も頑張れよ!』と笑った。
『いってらっしゃい、美湖ちゃん。お勝手はあとで締めておくから、帰りはお店の方から入ってきてね』
『はぁい! 行ってきます!』
――釣りのついでにお使いを頼まれる事はよくあった。
油の買い足しもしょっちゅうだったから、私はそのたびに油壺をもって勝手口から出ていった。
かすみさんが戸締まりをするまでの少しの間、勝手口は開いていたことになる。
つまり、その隙に気づかれないように侵入して、二階をあさることも可能だったってことだ――。
奴らは三人組だから、示し合わせて行動すればそれも難しくはないだろう。
「たとえ何か心当たりがあったとしても、あなたに非はありませんよ」
うなだれて言葉をなくす私に、大橋さんが優しく声をかけてくれる。
「でも、悔しいです……!」
「もとはと言えば、私の責任ですから」
「私に非がないというなら、大橋さんだってそうですよ! 少なくとも私は、大橋さんのせいだなんてこれっぽっちも思ってませんから!!」
「……ありがとうございます、天野さん」
大橋さんは、言いかけた言葉をぐっと飲み込んで頭を下げた。
これ以上こんな話を続けてもきっと、二人とも悔やんだり謝ったりを繰り返してますます気分が重くなるだけだ。
それを向こうも分かっているんだろう。
「かすみさんは、いつも店内に飾ってある絵を幸せそうに眺めてあれこれと語ってくれましたよ。天野川光先生は、あなたの父上だったのですねぇ」
「そうです。かすみさん、父の絵が特に好きで!」
「素晴らしい作ばかりでしたからね。特に玩具絵は、華やかで見ているこちらも楽しくなるような……」
大橋さんは、話しながらその情景を胸に描いているようで、懐かしむように目を細める。
「ありがとうございます。私も父の描く玩具絵が大好きでした」
――思い出話は不思議だ。
胸の中の喪失感を上書きするように、楽しかった日々の記憶ばかりを引き出してくれる。
「あの絵もすべて、燃えてしまったのでしょうか……」
ぽつりとつぶやかれた大橋さんの一言で、頭の中に広がったいずみ屋の明るく賑やかな幻像が、歪んで消えた。
「――たぶん、そうだと」
あの夜かすみさんが、無事に絵を持ち出せたとは考えにくい。
「……やりきれませんね」
「はい。でも、なくなってしまったものはもう返ってきませんから。今はかすみさんを助け出すことが一番大切です」
「……あなたは、見た目よりもずっと強い子なのですね」
かすかに目を細めて、大橋さんはそっと私の髪を撫でた。
ほんの一瞬触れただけなのに、その温かさに涙がにじむ。
「必ず、助け出しましょうね」
思い出話のあとだからか、かすみさんのことを考えるとそれだけで胸がつまる。
けれど大橋さんも、少なからず私と同じような後悔を抱えてこの場にいてくれる。
そのことを知れただけでも、一人で立ち向かっているわけじゃないんだという実感がわいてきて、心強い。
「――命にかえてもお護りします。あなたも、かすみさんも」
大橋さんは背筋をのばして片膝をつき、まっすぐに私の目を見つめると、そのまま静かに頭を下げた。
その姿は、見とれるほど様になっている。
「あ、あの! 命にかえてもなんて、そんな……!」
少し大げさな表現と仰々しい振る舞いにあわてて声をあげると、大橋さんはくすりと小さく笑った。
「そういう覚悟だという意味です。もちろん私も無茶はしませんよ」
心配そうに見上げる私を安心させるためか、落ち着いた声でそう話すと、大橋さんはおもむろに立ち上がった。
「大橋さん……?」
「田中くんが戻って来たようです」
そう言うと大橋さんは障子を開けて、廊下のほうへと顔を出す。
どうして田中さんが来たって分かるんだろう?
雨の勢いが激しくて、ほかの音なんてほとんど聞こえてこないのに。
「おかえりなさい、田中くん。天野さんはこちらにいますよ」
「マジかよ、ハシさんと二人きりか? 何話してたんだ?」
――すごい。
本当に田中さんが帰ったきた!
大橋さん、よくわかったな。耳がいいのかな。
「田中さん、おかえりなさい」
「おう。ハシさんと二人だと、盆栽の話とか聞かされてうんざりしたろ?」
どかどかと足音を響かせながら部屋に入ってきた田中さんは、すぐそばに重ねてある座布団をひっ掴んでその上に腰を下ろした。
「いえ、そんな話はひとつも」
「あー、じゃあ寺めぐりの話か。ウンチクが長ぇんだよな」
「それもなかったです」
普段どんな話をしてるんだろう、この人たちは……!
「……いずみ屋の話ですよ」
田中さんの遠慮のない言葉にため息をつきながら、大橋さんは襟をただして廊下へと足を踏み出す。
「ん? ハシさんどっか行くのか? 厠?」
「田中くんの説明だけでは不安なので、私も隊士たちに言葉をかけてきます」
「いや、ちゃんと話したっつーの。それにあいつら今、中岡さんたちと合流して詳しく作戦について聞かされてるよ」
田中さんはそう言うと、急須をかたむけて上から口の中にお茶を注ぎこんだ。
ごくごくと勢いよく飲み下す音が聞こえてくる。よっぽど喉が渇いていたんだろう。
「作戦についても確認したいことがいくつかありますからね。天野さん、今度は田中くんの相手をしてあげてください」
「はい。大橋さん、いろいろとお話できてよかったです」
障子に手をかける大橋さんに向かって、頭を下げる。
本当に話ができてよかった。
人に打ち明けられずに、重たい気持ちを引きずったまま過ごすのは耐えがたい苦しみだから。
少しでも二人で分かち合えたなら、前へ踏み出す勇気につながる。
「私もです。無事に戻ったその時は、また落ち着いて話しましょう」
「はいっ! 今度は盆栽の話でも!」
大橋さんはふっと柔らかい微笑みをこちらに返して小さくうなずくと、そのままゆっくりと障子を閉めて、部屋を出ていった。
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