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第二十四話:特訓
見通しのいい庭を横切って敷地の端に立つ蔵の裏手まで回ると、そこには奥行きのある空間が広がっていた。
周りは柵に囲まれ、なにやら土嚢のようなものが積み上げられている。
そしてただただ奥に広い。
がらんとして遮蔽物もない。
目をこらして前方を見つめれば、はるか先に何やら人の形をした案山子のようなものが立っている。
「あれ、何ですか?」
指をさした先にあるのは、木の枠組みの上から藁で人の上半身を模した形に整えられた人形だ。
手前にひとつと奥にひとつ。
やや距離をおいて設置されたそれらは、まっすぐこちらを向いて立っていた。
「ありゃ、的だ」
「まと……ってことは、あれを使って戦う練習をするんですか?」
「そうだ。ここはオレが即席で作った射場。これから、あいつに攻撃が当たるまで特訓してもらう」
作った、と言われてまず絶句する。
ぐるりと広範囲に張り巡らされている柵は二重三重に周囲を覆う頑丈で立派なものだし、的の奥に積み上げられた土の壁も一日や二日で作りあげられるものとはとても思えない。
「すごいなぁ……ここ、完全にまわりから切り離された空間ですね」
「おう、人が入ってきちゃ邪魔になるからな」
「射場ってたしか、弓術の練習とかするところですよね? 私、弓引けるかなぁ……」
的との距離は、八間以上ありそうだ。
当たる当たらないという問題以前に、そこまで矢がとどくのかすらわからない。
「弓じゃねぇ、さっき見せたろ? こいつを使ってもらう」
「これは……」
田中さんは懐から、先ほど廊下で見せてくれたものを取り出した。
鉄か何かでできた、つの字に曲がった妙な形の武器。
「こいつは、ピストール。銃だ」
「銃!? 火縄って、合戦の絵によく出てきますけど、もっと大きいと思ってました!」
細長い筒で、肩にかつぐようにして撃つんだ。
父も何度かそんな足軽の姿を絵に描いていた。
「火縄じゃねぇ、こいつは片手でも打てるようにできてんだ」
「片手で……? たしかに小さいですけど……」
そんなに軽々と扱えるものだなんて、信じられない。
「これが撃鉄で、これが引き金。撃鉄をこうやって起こして引き金を引けば……」
各部の呼び名を説明しながら、田中さんがピストールを操作してみせる。
つの字の、上の線が曲がりはじめるところあたりにちょこんと出っぱっているのが『撃鉄』というものらしい。
『引き金』というのは、その下部分からつき出すでっ張りのこと。
引き金の下からのびるゆるい曲線部分を握って扱うようだ。
「撃鉄を指で上げて、引き金をひいて、それから?」
「そんだけだ。それで弾が飛んでく」
「え!? 本当ですか!?」
たしかに全部片手でできる操作だ。
それにしても、少し簡単すぎるんじゃない……?
「楽勝だとか思ったろ。撃つのは簡単だが、当てんのは難しいからな」
私の表情を見てむっとした様子の田中さんは、またしてもおでこを指ではじいた。
「いたっ!」
「今から一発、オレが撃つから見てろ」
「はい……!」
持っていろと差し出された傘を握りしめながら、的の正面で腕をのばす田中さんを見守る。
的は二体。
やぶれ放題な着物を着たものと、傷だらけの甲冑を身にまとったもの。
田中さんが狙うのは、手前に立つ着物のほうだ。
ズガァァン!!
小さな筒の先から轟音が響き、ピストールごと田中さんの手首がわずかに跳ねる。
弾はというと……的に当たったのかどうか分からない。
「やべ、外した」
「え!? 当たらなかったんですか!?」
「横のほうかすめてったろ? 見てなかったのかよ」
大きくため息をついて、田中さんは頭をかく。
弾よりも田中さんの手元ばかり見ていて、その軌道を完全に見逃していた。
「ここで外すとかカッコ悪すぎだろ……まァ、オレピストール苦手だしな。とりあえず手順は分かったな?」
「はい、分かりました!」
「んじゃ、撃ってみ」
田中さんの手から、ピストールを受けとる。
思っていたよりも重みがあり、熱を感じる。
「まずは、撃鉄」
「はいっ!」
ゆっくりとその形状に見入る時間も与えられず、傍らに立つ田中さんからすぐさま指示が飛んできた。
「んで、よく的をねらったら引き金!」
「はい!」
「ああ、ちなみに撃つ時は」
ズガァァン!!
引き金を引いた瞬間銃口から煙が吹き出し、ピストールを握っていた右手が大きくはじかれて後ろにのけぞる。
そしてそのまま、情けなくぺたりと尻餅をついた。
「……撃つ時は衝撃で銃口が跳ねるから、気ぃつけろよ」
「は、はい……」
私は、ひきつり笑いを浮かべながらふらふらと立ち上がった。
こんなに小さいのに、ものすごい力を生むんだな……。
手元のピストールに目をやり、ごくりと唾をのむ。
「弾見てなかったろ? 思いきり外してたぜ」
「すみません……」
「初めて撃ったんだから当たり前だ。とりあえず、やり方は分かったな?」
「はい! 分かりました!」
うなずいて、ふたたび銃を握る。
それにしても、撃つたびにすさまじい音が出るものだ。
飛んでいった弾は、一体どれくらいの威力なんだろう。
「いきます!」
「おし、よく狙え!」
となりで傘をさしかけてくれる田中さんが、気合いを入れるように声を張った。
私は、よろめかないように脚に力を入れて引き金を引く。
乾いた大音とともに飛び出した弾は、的から大きくはずれて空を切り裂いた。
銃の持ち手は先ほどと同じように意に反して跳ね上がる。
踏ん張っていたつもりの両足も、こらえきれずに二歩、三歩とふらついてしまう。
「うーん……」
難しい。
きちんと的を狙っているつもりなんだけどなぁ。
「な? 当てるのは大変だろ?」
「そうですね、思ったようにいきません」
「けど、うまく当たりゃ一発で致命傷だ。遠距離から相手を狙えるし、扱いやすいしな、非力なおめぇに合った武器だと思うぜ」
「はい! もっと練習してみます!!」
今さら刃物を振り回そうと練習したところで、場数を踏んだ男の人たちには到底かなわないはずだ。
そう考えると、私にもなんとか扱えそうなピストールは最適な武器だと思う。
一発逆転の機会が生まれうる。
気を取り直してもう一度やってみようと撃鉄に指をかけたそのとき、
「さっきの銃声は嬢ちゃんやったか……!!」
射場の唯一の出入口を押し開けて、坂本さんが顔を出した。
そのすぐうしろには、中岡さんが立っている。
「ケン、お前が銃を渡したのか?」
中岡さんはわずかに眉をひそめ、田中さんと私にとがめるような視線を向ける。
「そうっすよ、丸腰じゃ危ねぇすから」
「暴発でもさせたらどうする、かえって危険だろう」
「大丈夫す、オレがそばで見てるんで」
まるで叱られ慣れているような、けろりとしたあしらいで、田中さんは中岡さんの言葉をかわす。
「……天野、扱いは覚えたか?」
「はい!」
心配そうにこちらに歩みよる中岡さんに向かって、元気にうなずいてみせる。
当たりはしないけれど、撃ち方だけは一通り頭に入ったはずだ。
「嬢ちゃん、やってみい」
すぐ隣に坂本さんが立って、私の背中をたたく。
「天野、坂本さんによく見てもらえ! この人は射撃うめぇんだ!」
「そうなんですか? 坂本さん」
「まあまあっちゅうとこかのう……さ、嬢ちゃん撃ちや」
田中さんの言葉に、なんとも言えない表情で首をふる坂本さん。
中岡さんは、背後の蔵の壁に寄りかかってそんなやりとりをじっと見つめている。
――よし、とにかく撃ってみよう。
何か新しく助言してもらえるかもしれないし。
私は撃鉄を押し上げ、的の胸部に狙いを定めて引き金を引いた。
ズガァァン!!
弾はかすりもしないどころか、地面めがけて下向きに軌道を描き、的の手前の土に突き刺さった。
「あはは……」
笑うしかない。
今までで一番良くない飛び方だ。
「ふぅむ……」
坂本さんはあごに手を当てて、ふらついた足元をたてなおす私をじっと見つめる。
「どこか悪いところはありますか?」
それはもちろん山のようにあるだろうと内心ビクつきながら、坂本さんの顔を見上げた。
「嬢ちゃん、片手で撃つんは難しゅうないか?」
「え……? でもこれ、片手で扱うものなんじゃ……」
そのためにこんなに小さく作られているんだと思っていた。
田中さんが見本を見せてくれた時も片手だったし。
「片手じゃと、撃ったあとブレるろう」
「そうですね、撃つたびにはじかれて吹き飛びそうになります」
「ほじゃき、両手で握ればええ。こうやって」
坂本さんは私の左手を取り、銃を握る右手の上に被せるように添えた。
「そうやって左手で支えるんじゃ。ひじは張りすぎず、足の開きはこんくらい」
ひじ、腰、と手を添えながら私の体勢を整えると、坂本さんは背後に回り込んで銃身をにぎる私の両手を上から包みこむ。
「弾はまっすぐ飛んでくき、狙いたい場所の真正面に銃口を向ける」
「はいっ」
「もうちっくと前に体を落としてみぃ、そうそう。ほいたら、撃ってみようか」
言われるままに撃鉄を起こして、狙いを定める。
坂本さんは私の両手に手を添えたまま後ろに立ってくれている。
雨はいつのまにかその勢いを弱め、視界もいくらか鮮明になっていた。
目を細めて、まっすぐに的の中心をねらう。
ズガァァン!!
「あっ」
「すげぇ、当たったぞ今! 横っ腹のあたり!!」
たしかに的の端っこを貫いたように見えた。
田中さんは手を打って喜んでいる。
私はそのまま前方へと駆け出して、的に近づく。
間近で見るとあちこち穴があいてぼろぼろだ。
視線をお腹のあたりに落として確認すると、私の撃ったあたりの場所が、丸くくりぬかれている。
「やりましたっ!!」
ついに当たった!!
私は機嫌よく跳ねるように、坂本さんに駆け寄った。
「ようやったな! どうじゃ? 両手の方がえいろう?」
「はいっ!!」
すぐ後ろで坂本さんが支えてくれていたから腕や体がブレなかったというのもあるけれど、片手で撃った時よりも安定感が増す気がする。
「けっこうな距離だが、よく当てたな」
中岡さんが感心したようにこちらを見てつぶやいた。
私は嬉しくなって、はにかみながら頷いてみせる。
「坂本さんが教えてくれたからです」
「よかったな天野! まァ、オレ様が基礎を叩きこんでやったのがよかったな」
中岡さんのとなりに座りこんで感慨深げに鼻を高くする田中さんを見て、皆が声をあげて笑う。
「田中さんも一緒に練習しませんか? 両手で撃つといいって……」
「いや、オレはピストールは片手で撃つ派だ! その方がカッコいいからな!」
「ええー……」
絶対両手のほうがいいのになぁ。
たしかに片手でバンバン撃てたらすごく格好いいのかもしれないけど。
「まぁ、ケンは長銃使いだしな」
「そうじゃったな、田中くんもちくと練習しておいたらどうじゃ?」
中岡さんと坂本さんが、揃って田中さんの方に視線を向ける。
長銃って、どんなのなんだろう?
今私が使っているピストールとは別物なのかな。
「いやー……それが」
「ん? どうした」
何やらばつの悪そうな顔で肩を落としてうつ向く田中さんを見て、中岡さんが首をかしげる。
「……あいつらが持ってっちまったみたいで……」
「……は?」
「盗られちまったんすよ、オレの愛銃」
「何だとおぉぉぉぉ!?」
いつも冷静に振る舞う中岡さんが、すっとんきょうな叫び声を上げた。
坂本さんは目元を手で覆って天を見上げる。
そんな二人の反応に傷口をえぐられたのか、田中さんは、頭を抱えて悔しそうにうめいている。
私は……ただただぽかんとその場に立ち尽くしていた。
田中さん、刀だけじゃなくて銃まで盗られてたんだ……。
さすがにちょっとそれは、ひどすぎる。
声のかけようがないほどに気の毒だ。
それから約一刻。
「ブッ殺してやる、あいつら」
あれから田中さんは物騒な言葉を延々と吐き出しながら、代用にと持ち出した隊の銃を手入れしている。
「そんな重要なことを秘めておくな!」
中岡さんはご立腹だ。
話を聞いていると、盗まれた長銃はすごく値のはる貴重なものらしい。
すでにどこかに売り払われていたとしたら、同じものを入手するのは難しいとのこと。
その上に。
詳しく話を聞けば、他にも隊の銃を数挺盗まれていることが発覚した。
「水瀬たち、どれだけのものをここから盗っていったんでしょうか……」
二人で話し込む中岡さんと田中さんから少し距離をおいた場所に立つ私は、練習の手をとめて坂本さんを見上げる。
「金と武器……それだけでも大損害じゃ」
「そうですよね、許せません」
「つかまえて、すべて取り返さにゃならんのう。嬢ちゃんも、負けんように今は訓練じゃ」
「はいっ!!」
気合いを入れて引き金をひくと、銃口から弾が出ない。
六発すべて撃ちつくしてしまったようだ。
「弾切れか?」
「そうみたいです。まだ練習しても大丈夫ですか?」
「うーむ、そろそろ止め時かのう。弾にも限りがあるき……ほいたら、最後の六発じゃ」
坂本さんはそう言って、田中さんから借りた胴乱の中から六発ぶんの弾を取り出す。
「それじゃ、入れかえます」
弾薬を装填する手順はすでに習った。
まず、銃の中ほどにある小さな金具をはずすと、銃身が真ん中からぱっくりと折れる。
折れた場所から顔をのぞかせるのは、蜂の巣のようにぼこぼこと六つの穴があいた丸い筒。
これは弾倉というらしい。
弾倉を引き抜いて、穴につまった弾のぬけがらを取り除いたら、またそこに新しい弾薬を詰めこんでいく。
弾は椎の実のような形をしており、思ったよりも可愛らしい。
あれから六回ほど弾を入れ替えて、今が七回目だ。
これを撃ち終えれば、計四十二発。
かなり集中して練習したから、無駄にはなっていないと信じたい。
「うまいぞ、嬢ちゃん。装填が早い」
「ありがとうございます! 最初、銃がぱっくり折れた時はどうしようかと思いましたが……」
「はっはっは、よう出来ちゅうじゃろ」
「はいっ! 覚えたら簡単です!」
撃ち方もだいぶ改善されたことだし、少し自信がわいてきた。
もう、はじかれて尻餅をつくような失敗はない!
「しかしのう、弾の装填を実戦でこなすのは大変じゃ」
「あ、そうかもしれないですね……ちょっと時間がかかりますし」
「そうなんじゃ。じつは昔、乱戦の中で弾倉を取り落として、どうにもならんくなったっちゅう経験があってのう」
「それは……」
洒落にならない。
想像しただけで肝がちぢむ。
「そん時は、さすがに逃げたぜよ」
「そうですよね。もし間近に敵が迫ってたら、弾の交換なんてしてられないでしょうし」
「ほうじゃき、できるだけ大事に一発を撃たんといかん。闇雲にバンバンやらんようにな」
「はい! 分かりました!」
弾の交換をする暇はないと、最初から覚悟しておこう。
できる限り六発だけで、今夜の戦いを切り抜けていくんだ。
「よし! 撃とう嬢ちゃん!」
「はいっ!!」
最後の練習。
今弾倉に入っている六発で、少しでもコツがつかめるように考えて撃っていかなきゃ。
よく狙って、腰をおとして、最後まで全身がブレないように、集中だ!
集中!! 一点にすべてを注ぎ込んで、引き金を引く――!!
ズガァァン!!
弾は、的の肩部分を貫いた。
だいぶ当たるようになってきた。
狙いはお腹のあたりだから少し外れてはいるけれど、命中はする。
どこにもかすらずに完全に的を外すような失敗は、五回に一回ほどに減った。
「うむ、上達が早いのう。嬢ちゃんはピストールに向いちゅう」
「ほんとですか!?」
「本当じゃ! 感覚が備わっておらんと、なかなか進歩せんもんやき。剣でも学問でも商いでも一緒ぜよ」
「それってたしか、父も同じようなことを言ってました」
「おお、そうじゃろ! 画の道も生まれもったもんが大きいと聞く」
そうだ、その通りだ。
私は絵も学問も、釣りだって上手くこなせなかった。
――だけど、ピストールは不思議だな。
なんだか手にした瞬間から、当たるような気がする。
自分はこれを使いこなせるって、妙な自信がふわふわと全身をおおっているような感覚がある。
そして狙いどおり的を貫いたそのときは、胸の奥がカッと熱くなる。
正直、爽快だ。
あくまで扱っているのは武器だから、こんなふうに思うのはおかしいのかもしれないけど、やっぱり――……
「楽しいですね、ピストール」
こうしてただ的を狙って遊ぶだけのおもちゃだったらいいのに、なんて考えてしまう。
「そうじゃろ。異国では人に向けず、ただ撃って楽しむっちゅう娯楽も広まっちゅうらしいぜよ」
「やっぱりそうですか! 物騒なことだけに使うのは、もったいないですもんね」
「……その通りじゃのう」
坂本さんは、なんだか少し寂しげに目を細めて私の頭をくしゃりと撫でた。
なんだろう……? なにか変なことを言ったかな?
あ、そうか。
これから戦いに行くんだから、士気を下げるようなことを言うべきじゃなかったかも……。
「嬢ちゃん、撃つ時は当たると思って撃ちや」
「あ、はいっ……! そう思いながらやってます!」
「ん?……はっはっは! そうかそうかぁ! 大物じゃな、嬢ちゃんは!」
坂本さんは、愉快そうにお腹をかかえて笑いだした。
さっきの様子から一変して、明るい声色だ。
ころころと表情が変わるから、見ていておもしろい人だなぁ。
ズガァァン!!
しばらく撃ち続けて、最後の一発が的を貫いた。
中心部。狙いどおりの場所だ。
「わ……やったあ!! 真ん中っ!!」
「すごいな、天野。うちの隊士よりも上達が早いぞ」
田中さんとの会話を止めて壁際でこちらを見守ってくれていた中岡さんが、私のそばまで歩み寄ってくる。
「えへへ、そうですか?」
「大したものだ。これなら最低限、自分の身は守れそうだな」
「はいっ! 自分だけじゃなくて、みなさんのことも守りますっ!!」
ぐっと拳を握る私の隣で、中岡さんと坂本さんは目を細めて笑ってくれた。
ああ、もう同行を拒まれることはないんだと安堵する。
「オイ、あんま調子のんなよ! おめぇは自衛だけしてろ」
ばちん、とおでこに強い衝撃が走る。
またしても田中さんの指にはじかれてしまった。
「無茶はしませんよ……! 田中さんの銃も、必ず取り戻しましょうね」
「当たり前だ! ああちくしょう!! もう半刻たりとも待てねぇッッ!!」
吠えながら、田中さんは抱えていた長銃をぶっぱなす。
なにげない動作で早撃ちしたように見えたものの、弾は的の顔面を正確に貫いた。
「わ……すごい! やっぱり火縄は格好いいですね!」
「火縄じゃねぇ、エンフィールド銃だ」
「えんふぃ……なんだか分からないですけど、すごく強そうです!」
ピストールと違って、長く大きい長銃は、構えるとすごい迫力だ。
絵で見た火縄に形が似ているし、私の中ではこれぞ銃! という感じがする。
「盗まれたオレの銃のほうが数段格好いいぜ……ちくしょう、あいつら」
額に青筋を浮かべてぶつくさと、田中さんの怒りがぶり返した。
「それじゃ、取り返したら見せてくださいね!」
機嫌をとるように明るく口角を上げて、田中さんのそばまで駆け寄る。
「おう」
ぎらついた眼で頷いてみせると、田中さんはそのまま銃をかかえて射場から出て行ってしまった。
「あれ、行っちゃった……」
田中さん、銃が盗まれたことを打ち明けてから様子が一変したな。
きっと仲間にもなかなか言い出せなかったんだろう。
刀も銃も盗られてしまったんじゃ、もう実質手元に使い慣れた武器は残っていないということになるし……。
そういえば先刻、こうなったのは自分が甘かったせいだと断言していたっけ。
おそらく、水瀬たちへの怒りと同じくらい自分のことを責める気持ちも強いんだろう。
ずっと一人で抱え込んで、悩みぬいていたのかもしれないな……。
「戦いの準備でもするつもりだろう」
置いてけぼりにされて肩をおとす私の背後から、中岡さんが声をかけてくれた。
そうだったらいいんだけど……。
田中さん、一人にしちゃって大丈夫かな。
「まぁ、心配いらんじゃろう。俺たちもそろそろ屋敷に戻ろうや」
「そうだな、もう日暮れだ」
中岡さんの言葉にはっとして周囲を見渡すと、ほんのりとあたりは薄暗い。
雲に覆われた空にもいくらか晴れ間ができて、ところどころに澄んだ藍色をのぞかせている。
もうじき夜だ。雨も上がった。
あとは、出発のときを待つだけだ――。
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