五.勝者と敗者

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五.勝者と敗者

「あぁ!? てめぇ、ふざけんなよ!!」 八重木の胸ぐらを(つか)む葛西だったが、 「ふん、十年、二十年後の安泰のためなら、あんなテカったカバ親父にだっていくらでも魂売るぜ。 高宮さんのことは残念だが、世界に女は他にいくらでもいるんだしな」 「っんとに、野球でもやってお前のその腐った根性を叩き直せよ!!」 「野球にそんな効能あるか! 万能薬かよ!! お前は野球ごときに自分の人格支配され過ぎなんだよ!!」 八重木が(つか)み返したその時、 「昨日のゲーム実況、超すごかったねぇ」 「超ウケるよね、マジヤバ過ぎだよ、アレ」 数人の女子高生が公園横を通り過ぎながら談笑する声が二人の耳に届いた。 「……やはりもはや俺の時代だな」 余裕の笑みで八重木が手を離し、葛西の腕も払ってタブレットのスイッチを押し、 「あぁー、ほらぁ! お前がしょうもないことで絡んできたせいでボーナスタイム終わっちまってんじゃんかよぉ」 言いながら画面を操作し始める八重木に、しばらく何か考えている様子で沈黙していた葛西だったが、 「……野球ゲームなら俺だってできる」 ぼそりとつぶやいた。 「は、ゲームはボール遊びとは全然違うっての」 「できるっつってんだよ!! ガキの頃にちょっとだけどやったことあるしな!」 「何時代の話だよ。 今のゲーム、ナメんじゃねぇぞ、非ネットのレトロもんとは全然違ぇよ」 「っせぇ! とりあえずなんか最近の一番人気の野球ゲーム教えろよ! 対戦できるやつな! それで叩き潰してやる!!」 「絶対無理だね。 ってかいつまでこんな公園なんかにいるんだよ。 いい加減寒くなって来たし、せめてどっか入ろうぜ」 そう言って歩き始めた八重木に、そもそもは本気の野球対決だと思って半袖で赴いていた葛西もすっかり体が冷えてしまっていることに気が付き、 「あぁ、そうだな。 ……そう言えば駅裏にいい店見付けたんだよ、マスターが野球好きでさぁ」 「じゃあ別の店にしよう」 「いいじゃねぇか、それを抜きにしたってメシも酒も超美味いんだから」 「……ワインあるか?」 「あるある、なんか知らねぇけどすげぇのがある雰囲気はかなり出てる」 「じゃあ……まぁ、いいか」 そのまま並んで歩み去ろうとした二人だったが、 「ちょっと! ちゃんと片付けて行きなさいよ!!」 ふいの背後からの声に振り返ると、手作りと思われる薄汚れた服を無理矢理着せられた老いたマルチーズを伴った中年女性が、地面に転がった大量のボールと二人を交互に睨み付けていた。 「あ、あぁ……すいません……」 「あんだけ熱く語ってた野球の道具をなんで忘れんだよ……。 ってかなんで俺まで一緒に片付けなきゃなんねぇんだよ……」 「いい大人が、しっかりしなさいよね!! その作業着、そこの工場の子たちでしょう!? あそこの社長とは昔から知り合いなのよ! 今度やったら言いつけるからね!!」 「くそ……どいつもこいつも……」 「……いや……むしろこれは……このオバちゃんも取り込めば十年二十年後の安泰においては……」 それぞれの思いを胸に二人がボールを拾って回るが、その一つをふいに老犬がくわえて走り出し、勢いで中年女性の手から老犬を繋ぐ縄が離れ、 「あらぁ、ちょっと、チヨちゃん、待ちなさい」 「ボール! せめてボール離せ!」 「待てよ、オイ!」 思いのほか足の速い老犬を若い男二人が追い掛け始めると、老犬は少し離れたところでいったん立ち止まって振り返り、長い毛に覆われた口の端をわずかに上げて二人を見詰めてから、再び一目散に駆け出した。 終
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