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一.試合開始
小さな町工場の向かいの定食屋で、二人の若い男が早めの夕食にありついていた。
「お、今年のラビッツはやっぱり調子いいな。
やっぱり島本が入ったのがでかいよな」
大盛りミックスフライ定食をかき込みながら、天井近くに据え付けられた古い小型テレビから流れる野球中継に食い入っている体格のいい短髪の男が言うが、もう一人の細身に眼鏡の男は、根菜の煮物と焼き魚を一口ずつ丁寧に口へと運び、手元の小型タブレットを無言で操作し続けている。
が、ふいにテレビから歓声が上がり、同時に短髪の男が「来た!」と激しめのガッツポーズを見せ、その拍子に揺れたテーブルの上で眼鏡の男が掴みかけた味噌汁椀からわずかながら貴重な栄養源がこぼれ落ちた。
眼鏡の男は大きなため息混じりに手ふきでそれをぬぐいながら、
「っていうかさぁ……」
と顔を上げるが、
「いやー、今の局面でちゃんと打てるのが、やっぱり島本のすごいところだよなぁ」
短髪の男はまるで聞こえていない様子で一人深く頷くなどしている。
眼鏡の男は再び大きなため息をつくと、
「なぁ……なぁって」
「あん?なんだよ、いいところなんだから邪魔すんなよ」
「それはこっちも同じだっての、まだ食ってんだよ、邪魔すんなよ」
「っせぇな、お前は食うのが遅過ぎるんだよ……おぉ!?
まさかの盗塁!!
すげぇな、ここでか!?」
「なぁって!!」
リモコンが手元にあったら消してやるのにと苛つきながら一回り大きな声を出す。
「っせぇな、いいからさっさと食えよ」
未だ丁寧に鯖の骨を取り除く作業を半分も終えぬ皿の上をちらりと見ながら、短髪の男がさらに白熱してきた野球中継に目を戻すが、
「っていうか、そんなに面白いか?
野球なんか」
眼鏡の男が言い放った言葉に反応し振り返った。
「は?
何言ってんだ、お前。
野球の良さをわかんねぇなんてヤバいんじゃねぇの?
男は誰でも一度は通ってきた道なはずだろ。
小学校とかちゃんと通ってたか?
変わってんな」
「あぁ、そうそう、そういうところだよ。
野球好きのそういう『野球こそがスポーツの代表、頂点、正義でござる』みたいなドヤ感も嫌いなんだよ。
だいたいさぁ、お前らって、なんで限りある人生の貴重な一分一秒を、汗臭いおっさんたちが寄ってたかってボール追っかけ回してる映像を観るのに使ってんの?
やってるやつらもマジで意味わかんないんだけど、いい大人がいつまでも子供みたいにボール遊びなんかして金もらってて恥ずかしくないんかね」
「うーわ……お前、やっぱり頭ヤバいんじゃねぇの?
そんな萌え萌えキャラのバトルゲームばっかりやってんからじゃねぇの?
一般常識とか大丈夫か?
中途半端に高学歴なやつ程危ねぇってよく言うもんな。
マジ有り得ねぇって。
なんにもわかってねぇ」
「別に野球のことなんか一つもわかりたくもないけどな」
再びタブレットに顔を戻し画面を操作しながら、一口ずつに切り分けた鯖の身を静かに口へ運んでいる眼鏡の男を、野球男は腕組みして睨んでいたが、やがて腕をほどき立ち上がると、
「……よし、今から俺が野球のなんたるかを教えてやる。
まだ食い終わるまでしばらくかかるよな。
ちょっと待ってろ」
言いながら自分の分の会計を済ませると、駆け足で細い道路を渡って工場へと戻って行った。
「あぁ?
なんか面倒くさそうな予感がするな……と、来た!
一時間無限ガチャ!!
今日はいい加減エレナのスク水ヴァージョン出ろよな!!」
眼鏡の男はさらに画面に釘付けとなり、残った食事のことも忘れた様子で「ガチャを回す」ボタンを連打し始めた。
が、数分も経たぬうちに、
「まだ食ってんのかよ。
行くぞ」
かけられたその声に入口をちらりと見ると、何やら大きな白いナイロンバッグを背負った短髪男が決意に満ちた面持ちで眼鏡男を見下ろしていた。
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