3章1話 海辺の町

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「よっ。おかえりお二人さん!」 バックヤードでは、絵画師のクロフトに満面の笑顔で出迎えられた。 クロフトの横には隣人の薬草師・ルフナ。そしてなぜかエヴァンス家の令嬢・シルヴィアもいた。 「二人がルーセントたちに用があるって言うから、こっちにお邪魔してるわ」 ルフナには店番を頼むこともあるので、かねてから工房の合鍵を渡してある。 店の前で出会ったクロフトとシルヴィアは、ルフナに声をかけて鍵を開けてもらったそうだ。 3人はそのまま工房のバックヤードで、ルフナ特製のハーブティーを飲みつつ、デイジー達の帰りを待ってくれていたらしい。 窓際で丸まっている猫のオニキスが、心なしか迷惑そうな表情をしている。昼寝の邪魔をされたのかもしれない。 「それは構わないが、一体何の用だ」 「つれないなぁ。ぼくはいつもの絵の具の依頼だよ。ねぇ、それより新聞に載ったぼくの挿絵見てくれた?」 クロフトの問いかけにルーセントは小さくうなずく。 「おかげさまで、隣の私の店までお客が増えてありがたいわ」 景気が良いのか、機嫌の良いルフナはにこやかにお茶を飲む。 半月前にルーセントは、エヴァンス家経由でとある依頼を引き受けた。相手は王室にゆかりのある依頼主だったらしい。 その仕事ぶりが評価され、扱いは小さいが少し前に工房の紹介記事が新聞に掲載された。 多くの人の目に留まるため、慎重派のルーセントは最初こそ否定的だったが、新規のお客さんが増えて来ているので、載せて正解だったようだ。 先程の女性客も、新聞を見て来てくれたのかもしれない。 「シルヴィは直接お礼を言いに来たんだってさ。真面目でえらいよね!」 クロフトは、いつの間にかシルヴィアのことを愛称で呼んでいる。人懐っこいところはルーセントとは正反対だ。 「そうなの。紹介した依頼主もとても喜んでいたわ。デイジーにも会いたかったし、出かけた帰りに工房に寄ってみたの。ルーセントさん、このたびはありがとうございました!」 椅子から立ち上がり、背筋を伸ばして礼を言うシルヴィア。一連の仕草が様になっている。 その後ろから、気配を完全に消していたエドワードがすうっと現れた。 「わ、エドワードさんもいたんだ」 「ええ、シルヴィア様の付き添いです。我が当主も大変感謝しておりました。次はエヴァンス家からも何かお願いしたいと申しております」 「相手が誰であろうと、私は引き受けた仕事を正確に仕上げるだけだ」 「もう、ルーセントってば。素直に喜べばいいのに」 デイジーが思わず突っ込むと、その場にいた全員が大きく頷いた。 「デイジーが来てから少し丸くなったかと思ったけど、仕事に対して頑固一徹なのは変わらないね。まぁ、ぼくは先生のそんなところ好きだけど」 クロフトが肩をすくめながら言う。 「シルヴィアとクロフトさん、エドワードさんも。わざわざ来てくれてありがとう!せっかくだし、お家の人が許してくれるなら夕食はみんなで食べようよ。もちろんルフナもだよ?」 「すてき!」 シルヴィアは見開いた目をきらきらさせる。 「いいね!楽しそう!」 「もちろん私は賛成よ」 クロフトとルフナも大きくうなずく。 「ねぇ。ルーセント、エドワードさん。いいでしょ?」 目を輝かせたデイジーとシルヴィアは、ルーセントとエドワードを交互に見上げる。 「……エヴァンス家には、私が連絡しておいてやる。でも、あまり帰りが遅くならないようにな。食事が終わったら残った仕事をさっさと片付けるぞ」 「お父上がお許しになるなら良いですよ」 「――やったー!」 手を合わせてくるくると回るデイジーとシルヴィアを、エドワードが感慨深げに見守っている。 デイジーと知り合ってから、シルヴィアは勉強に対する姿勢も変わったらしい。一人娘が良い方向に成長したことで、デイジー達はシルヴィアの両親に好印象のようだ。 ルーセントが夕食の件を連絡すると、シルヴィアの父・エヴァンス家の当主も快く了承してくれた。 そうして、その日の工房にはみんなの笑い声に包まれた、とてもあたたかい時間が流れた。
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