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「よっ。おかえりお二人さん!」
バックヤードでは、絵画師のクロフトに満面の笑顔で出迎えられた。
クロフトの横には隣人の薬草師・ルフナ。そしてなぜかエヴァンス家の令嬢・シルヴィアもいた。
「二人がルーセントたちに用があるって言うから、こっちにお邪魔してるわ」
ルフナには店番を頼むこともあるので、かねてから工房の合鍵を渡してある。
店の前で出会ったクロフトとシルヴィアは、ルフナに声をかけて鍵を開けてもらったそうだ。
3人はそのまま工房のバックヤードで、ルフナ特製のハーブティーを飲みつつ、デイジー達の帰りを待ってくれていたらしい。
窓際で丸まっている猫のオニキスが、心なしか迷惑そうな表情をしている。昼寝の邪魔をされたのかもしれない。
「それは構わないが、一体何の用だ」
「つれないなぁ。ぼくはいつもの絵の具の依頼だよ。ねぇ、それより新聞に載ったぼくの挿絵見てくれた?」
クロフトの問いかけにルーセントは小さくうなずく。
「おかげさまで、隣の私の店までお客が増えてありがたいわ」
景気が良いのか、機嫌の良いルフナはにこやかにお茶を飲む。
半月前にルーセントは、エヴァンス家経由でとある依頼を引き受けた。相手は王室にゆかりのある依頼主だったらしい。
その仕事ぶりが評価され、扱いは小さいが少し前に工房の紹介記事が新聞に掲載された。
多くの人の目に留まるため、慎重派のルーセントは最初こそ否定的だったが、新規のお客さんが増えて来ているので、載せて正解だったようだ。
先程の女性客も、新聞を見て来てくれたのかもしれない。
「シルヴィは直接お礼を言いに来たんだってさ。真面目でえらいよね!」
クロフトは、いつの間にかシルヴィアのことを愛称で呼んでいる。人懐っこいところはルーセントとは正反対だ。
「そうなの。紹介した依頼主もとても喜んでいたわ。デイジーにも会いたかったし、出かけた帰りに工房に寄ってみたの。ルーセントさん、このたびはありがとうございました!」
椅子から立ち上がり、背筋を伸ばして礼を言うシルヴィア。一連の仕草が様になっている。
その後ろから、気配を完全に消していたエドワードがすうっと現れた。
「わ、エドワードさんもいたんだ」
「ええ、シルヴィア様の付き添いです。我が当主も大変感謝しておりました。次はエヴァンス家からも何かお願いしたいと申しております」
「相手が誰であろうと、私は引き受けた仕事を正確に仕上げるだけだ」
「もう、ルーセントってば。素直に喜べばいいのに」
デイジーが思わず突っ込むと、その場にいた全員が大きく頷いた。
「デイジーが来てから少し丸くなったかと思ったけど、仕事に対して頑固一徹なのは変わらないね。まぁ、ぼくは先生のそんなところ好きだけど」
クロフトが肩をすくめながら言う。
「シルヴィアとクロフトさん、エドワードさんも。わざわざ来てくれてありがとう!せっかくだし、お家の人が許してくれるなら夕食はみんなで食べようよ。もちろんルフナもだよ?」
「すてき!」
シルヴィアは見開いた目をきらきらさせる。
「いいね!楽しそう!」
「もちろん私は賛成よ」
クロフトとルフナも大きくうなずく。
「ねぇ。ルーセント、エドワードさん。いいでしょ?」
目を輝かせたデイジーとシルヴィアは、ルーセントとエドワードを交互に見上げる。
「……エヴァンス家には、私が連絡しておいてやる。でも、あまり帰りが遅くならないようにな。食事が終わったら残った仕事をさっさと片付けるぞ」
「お父上がお許しになるなら良いですよ」
「――やったー!」
手を合わせてくるくると回るデイジーとシルヴィアを、エドワードが感慨深げに見守っている。
デイジーと知り合ってから、シルヴィアは勉強に対する姿勢も変わったらしい。一人娘が良い方向に成長したことで、デイジー達はシルヴィアの両親に好印象のようだ。
ルーセントが夕食の件を連絡すると、シルヴィアの父・エヴァンス家の当主も快く了承してくれた。
そうして、その日の工房にはみんなの笑い声に包まれた、とてもあたたかい時間が流れた。
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