神のいたずら

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神のいたずら

スマホばかりいじっている。スマホのアラームで目を覚まし、スマホでニュースを読み、スマホで音楽を再生しながら服を着替え、スマホで仕事の場所を確認し、スマホをポッケに入れ、スマホと共に駅まで歩き、スマホの乗り換え案内で目的地までの行き方を調べて電車に乗る。とてつもなく便利だ。 もちろんこの文章もスマホで書いているし、途中で友達から「今日、月でかいよ」とスマホに連絡が来たから、スマホで月の写真を撮った。 スマホ、スマホ、スマホ……。 二十一世紀の人間の姿である。 キュウソネコカミというコミックバンドが「スマホはもはや俺の臓器」と歌っているが、まったくその通りだ。いらない臓器なんだよと教えられた盲腸の代わりに、生まれてくる段階で体にスマホが搭載されたらいいなぁとたまに思う。 しかし依存している僕でも、やらないと決めている事がある。ゲームだ。何故やらないかというと、時間の無駄だからとか、面白くないからではなく、絶対に面白いからだ。面白くないはずがない。大人が知恵・知識・センスを総動員して考えた、最先端のエンタメである。確実に面白く、ハマることが保証されている。それが怖いのだ。恋は盲目というが、ゲームも盲目だ。 僕の家では、貧乏なりにもファミコンやスーパーファミコンの本体はあったが、ソフトはあまり買ってもらえなかったので、一つ一つをだいぶやりこんできた。ドラゴンクエスト6は全員レベル99まであげたし、ポケモンレッドは151匹コンプリートした。ロックマンはドクターワイリーを何度倒したかわからないし、桃太郎電鉄にいたっては、コンピューター相手に99年プレイしたこともある。ゲームを中断するのが嫌で、おしっこを我慢し膀胱炎になったという阿呆な思い出もある。ハマり性なのだ。そんな自分のことをよくわかっているので、スマホのゲームだけは避けてきた。 しかし、最近のスマホゲームは巧妙である。招待コードというシステムがあるのだ。これは誰かにお願いされてゲームをインストールし、教えてもらったパスワードを入力すると、なかなか手に入らないようなアイテムがお互いに手に入るというもので、何が問題かというと、親しくしている人に「頼む、お願いやからこのゲームやってくれへん?」みたいなセリフを感情を込めて言われてしまうと、断りづらいのである。情に訴えかけることができるのだ。さらに基本的には無料で楽しめるので、相手は何の悪気もなく言えるのである。   何年か前の冬、僕も餌食になった。泊まりのロケ中、同行してるディレクターにお願いされて、言われるがままにインストールしてしまったのだ。それは自分がチームの監督となり、「ガチャ」と呼ばれるくじ引きをして選手をゲットし育てるサッカーのゲームだった。まずい、まずいぞ。ゲームとサッカーなんて、僕の好きなものを満たしすぎている。悪い予感しかない。しかし、とてもお世話になっている人だ。断れるわけがなかった。少しだけ、と思い、とりあえず招待コードを入力してみると、まんまとクリスティアーノ・ロナウドが手に入ってしまった。最初から最強の選手が手に入ってしまうとは。ついていない。いや、ついている。いやいや、ついていない。いやいやいや、ついている。 どちらが自分の感情かわからない。ディレクターはうらやむような目で僕のロナウドを見ていた。知らんがな。ちなみに彼はエルシャラウィという、イタリア代表のエースの選手が当たっていたが、既にその選手は手に入れていたらしく、文句を言っていた。ほんまに知らんがな。 やり方を学びながら、クリスティアーノ・ロナウドを自分のチームの中心に据えると、コンピューター相手に開始5分で得点を取ってしまった。さすがである。そして前半だけでハットトリックを決める。完全無双。楽しい。やめられない、止まらない状態。たった数分でゲームを続けるモチベーションを手に入れてしまった。ディレクターはしめしめ、と思っているだろう。 それからロケは東京から名古屋に向かうことになったのだが、新幹線のコンセントを交代で使って充電し、1時間40分、ほぼ会話もせずにゲームに没頭した。対戦もできるゲームなので、自然と彼を倒すことが僕の目標になるのだが、始めた時期が一ヶ月くらい遅いのでまだまだ勝てない。それからロケの空き時間を見つけては、ゲームに明け暮れ、結局3日間、やり続けた。チームは初心者の割には強くなり、僕のチームにはイングランドのエースのルーニーや、ブラジルの攻撃的サイドバックのダニエウ・アウベスもいた。強い選手が手に入って嬉しいという感情が芽生えた時点で、ゲームをしないと決めていた自分ルールはもはや忘却の彼方だった。 ロケは三ノ宮で終わり、帰り道、東京駅までバーチャルサッカーをやり続けた。途中、ディレクターとは名古屋で別れたのだが、結局彼には1度も勝てず、「また今度会った時、勝負したるわ」と得意げに言われ、腹が立った。何くそと思い、次のロケまでの間、仕事の合間などにこまめにやり、コンピューターには圧勝できるレベルにまで鍛え上げた。 1ヶ月半後、またもやディレクターと再会し、ロケが始まった。名古屋から新幹線に乗り込んで来た彼に「お疲れ様です」と僕が言うと、「ういっすういっす、で、どう?」と彼は言ったので、「いきなりどう?って何がですか?」と僕は笑いながら答えたが、彼の「どう?」は「ちょっと時間が空いたけど、お前のチームどう?強くなってる?」という言葉を最大限に省略したものだということは容易に想像できた。僕のチームを見せると「やるやん」という言葉で先輩風をふかされ、その後、彼のチームを見せてもらった。 だが、以前とあまり変化がない。ん?仕事が忙しかったのか?この前の威勢はどこへ行った?勝てそうだ。 対戦を申し込むと、負けはしたが、それは最後のPKで負けたのであって、結局試合自体は引き分けだった。勝てる、次は勝てるぞ。相手は左からの攻撃が得意だから、そこの守りを固めて、ディフェンダーの身長が低いから、背が高くてヘディングの強い選手をフォワードにおいて、と、1ヶ月半で獲得した知識をフルに動員しながら作戦を立てる。ここで迎え撃つ準備を怠ったら今までの努力が水の泡だ。 その日はロケの内容がかなり過酷で体力を消耗したので、24時頃ホテルに着きシャワーを浴びると、気づいたらスマホもいじらずに寝ていた。翌朝、広島から大阪へ向かうことになり、新幹線の中で再戦を申し込んだ。しかし、5対1という点差で完膚なきまでに叩きのめされた。完敗である。なぜだ、昨日まで互角だったのに。待てよ、向こうのメンバーが昨日とぜんぜん違うぞ。どういうことだ。昨日は手加減していたのか?いや彼はそんなことをする人ではない。まさか……。 課金していたのである。テレビ局に勤める大人の財力をフルに活用し、強い選手を金で買ったのだ。睡眠を削ってまでそんなことをやるなんて。卑怯な。勝てるわけがない。ディレクターの顔を見ると、不敵な笑みを浮かべていた。そして彼が持っているスマホ画面では、昨日までいなかったメッシとネイマールが点を取りまくっている。悔しい。だが、バーチャルなものに金をかけるほどの余裕は僕にはない。一体いくら使ったんだ。ガチャでは、必ずしも強い選手が当たるとは限らない。むしろほとんどは弱い選手で、メッシやネイマールがゲットできるなんてサマージャンボみたいな確率のはずだ。もう僕に勝ち目はないのか。 その時である。「課金しーや」と悪魔の声が聞こえた。あかん、あかんぞ。これは罠だ。僕が拒否すると「だってもう張り合いがないから、対戦してもおもんないやん」と、年上とは思えない自分勝手な理屈を押し付けてくる。 「さすがに、ゲームに課金は……」 「ちゃうちゃう、2000円分くらいやってみて、あかんなと思ったらやめたらええやん」 やめてくれ、やめてくれ。歯止めがきかんようになるって。 「いやいや、でも……」 「ほな1000円だしや、俺も1000円出したるわ」 どんな感覚なんだろう。敵として戦って来た男に、課金を勧め、さらに自分がより楽しむために自腹を切ると言っている。どうかしている。しかも課金しても、手に入るのは実生活に何の役にも立たないバーチャルなサッカー選手のデータである。 しかし僕も同じくらいどうかしていた。何としても勝ちたく、誘惑に負けたのだ。ディレクターに1000円をもらい、自分の1000円と合わせて、2000円を課金してしまった。これで10回ガチャを引くことができる。一回一回、気合いを入れて、神様にお願いしながらガチャを引いたが、戦力となる選手は1人として当たらなかった。現実と同じくらい、バーチャルの世界も厳しい。ディレクターは僕以上に悔しそうな顔をして「うわあー、当たらんなあ」とか言っていたが、本当に狂っているのかと思った。 こんなことをしながらも、ロケは順調に撮影を終えた。先に書けば良かったが、彼はゲームの何千倍もの情熱を持ってバラエティを製作しているディレクターである。仕事は細かいところまできっちりやるし、編集もめちゃくちゃ上手い。たまにある休みは昼まで寝たりせず育児や家族サービスも積極的にやるし、仕事で東京にくると「つるとんたん」に連れて行ってくれる。僕にとっては業界の先輩であり兄ちゃんみたいな優しい人だ。だからロケの最終日には、東京に帰るのが少し寂しくなったりもする。 この日のロケは昼過ぎに三重県の鳥羽で終わったので、新幹線の最終までには時間があり、伊勢神宮に行こうという話になった。到着すると、20年に一度の式年遷宮の年だったこともあり、すごい人だった。最初に外宮にお参りし、次に内宮へ。大きな鳥居をくぐって美しい五十鈴川を渡り、長い長い参道を歩く。古来から「お伊勢さん」として親しまれ日本中から参拝客が訪れる参道は、高い木々に囲まれ神秘的な雰囲気を醸し出している。一歩ずつ感動しながら歩き、天照大神が祀られている本殿の前に到着した。イザナギとイザナミを両親にもつ天照大神は、神様の中でも別格の存在だと聞いたことがある。ここは日本一のパワースポットと言っても過言ではないだろう。僕は手を合わせて、仕事のことや健康のことなどをお祈りした。 しかし最後の一礼を終えると、ディレクターが思いもよらぬ一言を口にしたのである。 「ここでガチャ引いたら、どうなるんやろな」 まさかの提案だった。罰当たりと思われるかもしれない。だが僕も少し気になる。なんと言っても伊勢神宮である。境内の端の方に移動し、天照大神に見つからないように本殿に背中を向け、大人ふたり、こそこそとスマホを取り出した。僕は何をやってるんだ、とか思いながらも、ゲームアプリを起動させてしまった。好奇心が勝ったのである。そして先ほどあんなに抵抗したのに、また課金した。今度は自腹で2000円。ちょうど10回分だ。そしてお互いのスマホ画面を見ながら交互にガチャを引いた。頼むぞ。天照大神様、いい選手をおくれ。別格のパワー、見せてくれ……。 結果はというと、ふたりとも全くダメだった。戦力となる選手は手に入らなかった。すざまじい敗北感があった。本殿を前にして敗北感を味わっている人なんて僕ら二人だけだっただろう。伊勢神宮のパワーを使ってもダメなら、もうどこでやっても無理かもしれない。 帰りはまた長い長い参道をとぼとぼ歩いた。完全に僕らが悪いのに、天照大神が勝てなかったゲームだと勝手にレッテルを貼って、ゲームの方を神格化していた。   その時、参拝に向かっている若い男の人に肩をトントンと叩かれ、「ファビアンさんですよね?テレビで見てます!」と声をかけられた。 突然のことだったのでびっくりした。「ありがとうございます。また見てください」と答えると、「いや、会えて嬉しいです。写真いいですか?」と言ってくださった。そして写真を撮った。 本当にありがたい話である。仕事終わりとはいえ、こんな神聖な場所でスマホゲームに没頭している自分が情けなくなった。「頑張ってください」と言われ 「ありがとうございます、頑張ります」と言ってその場を去ろうとすると、「僕も頑張ります」と返ってきた。 僕が何も考えず「何か、やってらっしゃるんですか?」と聞くと、「僕、セレッソでサッカーやってるんですよ」と言った。 「え!!」 ビックリした。何がビックリって、サッカー選手の方に声をかけて頂いたことはもちろんだが、伊勢神宮のパワーにである。確かに境内でゲームのガチャは引いていたが、まさか本物のサッカー選手を引き寄せるとは。予想もしない角度からの一撃だった。 僕とディレクターが驚いていることに、彼も驚いていたので、事情を軽く説明すると大笑いしていた。そして一緒に、もう一度本殿へ参拝し、天照大神を試すようなマネをしたことを詫びた。二度目の帰り道では、どちらからともなく「ゲーム辞めよか」と言いだし、ディレクターと一緒にアプリをアンインストールした。久しぶりに向き合うべき現実世界と、ピントがあった。 数ヶ月経って、Jリーグのシーズンが始まり、一度セレッソの試合を見に行かせてもらった。当たり前だけど、バーチャルの試合の何倍も何倍も面白い。彼は今、セレッソから移籍したけれど、得点をあげたニュースを見るたびに嬉しくなる。 ディレクターはというと、ゲームをやっていた情熱をそのままライザップにつぎ込み、15キロの減量に成功したうえ、むきむきになった。 次は僕の番だ。
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