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松浦-2
今日もバスは公園を抜けて走っていく。
木々が紅葉をはじめていて、いつの間にか街の人たちの服装は秋服から冬服へ変わっていた。
双海の運転するバスに松浦が乗り合わせることが多くなっていた。松浦の利用する路線は最終が団地になっているため、運転手もある程度固定になっているのだろう。
朝に出会えたり、帰りに出会ったりしていた。
双海の運転は相変わらず完璧だ。
一度も急停車したところを見たことがないし、滑らかに丁寧に進んでいく。
『えー、皆様。手摺りにおつかまりください…』
たどたどしかった車内アナウンスは数週間もすると慣れたようだ。それでも降車時の大きな挨拶は継続している。
「ありがとうございましたっ」
乗客も慣れて来たらしく、中にはニコニコしながらお辞儀をする人や、負けじと大きな声で「ありがとうございました!」と挨拶する中学生たちもいる。
松浦も、双海の運転するバスに乗れたときは上機嫌になっていた。朝出会えば仕事が進むし、帰りだと安心して乗っていられる。
「お、松浦。今日は上機嫌じゃないか。朝からいい事あった?」
職場に着いて同僚の大崎に話しかけられた。
上機嫌オーラが出ていたらしく、彼女といいことでもあったのか、と言われた。
「だから、今いねえって言っただろ。今日もバスの運転手が当たりだったんだ」
「ああ、あの運転手?ってか、お前ホントにバス好きなんだなあ。俺いちいちバスの運転なんか気にしたことねえよ…」
缶コーヒーを飲みながら、大崎が苦笑した。
「まあ自分でもマニアだなあって思ってるさ。さー、今日も忙しいぞ」
松浦は大きく背伸びしながらそう言った。
(お、今朝もアイツじゃん)
二日連続で双海のバスになるなんてラッキー、と定位置についた。
いつもの席で、双海の運転する姿を見た。ハンドルさばきも申し分ない。ふと、双海本人を見て見ると、帽子に隠れてあまり顔は見えないが20代後半ぐらいだろうか。自分よりも年下の様にた。
身長はそんなに高くない様だ。半袖のシャツから覗く腕は華奢で、こんなに大きなバスを運転している様に思えない。
(ん…?)
ふと視線を感じて、視線を上げた。
ルームミラー越しに双海と目が合う。
後方確認しただけだろうが、ジッと見ていた事に気づかれたような気がして、松浦は慌てて視線を外す。
(危ない危ない)
変な奴と思われたらいたたまれない。
後方確認しただけだと、そう松浦は思っていたがその日から異様に双海とルームミラー越しに目が合うことが多くなっていく。よく考えると、双海の場所からの後方確認だと、松浦の方向は見ないはずだった。松浦が不思議に思っていると、さらに不思議なことが起こる。
それは帰りに双海のバスから降車する際のこと。
松浦が降りるバス停は降車する乗客はおらず、いつも一人なのだが
「お疲れ様でした」
必ず、こう声をかけてくる様になったのだ。しかも松浦だけに。
「そりゃお前、嫌がられてんだよ」
牛丼を頬張りながら大崎がそう言う。
ランチタイムは決まって大崎と外に食べに出ていた。その際に、双海との出来事を相談してみたのだ。
「でもさ、お疲れ様でしたって…」
「ソリャ嫌味なんじゃねえの?」
ジロジロ見やがって!ってさ、と大崎が笑う。松浦はムッとしつつも反論できない。確かに運転中にジロジロ見られていい気はしないだろう。
多少控えないといけないなあ、と思いつつ牛丼を口に入れる。
「そういや今日の資料、明日の午前中までに締め切り早まったの知ってる?」
「ゲッ?何だそれ、知らねえよ!!」
危うく口にした牛丼を吹くところだった。今朝、部長に言われた大量の資料を明日の朝午前中までに、なんて。午後からスピードアップしてやっつけたとしても残業は免れない。きっと大残業になるだろう。
牛丼屋を出る頃には二人の気持ちを代弁するかの様に、どんよりとした空模様だった。
「ふーー」
大きくため息をついて松浦はバスに乗り込んだ。
午後10時。久々の深夜残業だ。バスに乗っている乗客も2、3人しかいない。
(いつも残業はするなってうるせえくせに…)
鞄を隣の座席に放ってネクタイを緩めた。
『発車します。お気をつけください』
ふと聞こえた声に、松浦は気づく。
(アイツの運転か)
双海のバスに当たった事に、松浦は感謝した。
アイツの運転なら安心して乗ってられる…
そう思いながら目を瞑ると松浦はすぐ眠ってしまった。
「…さま、お客様」
体を揺すられて、松浦は目を開ける。
「…?」
目の前には帽子を被った運転手がいる。一瞬、状況が理解できずに頭を振ってみた。見覚えのない景色、停車したバス。誰一人いない車内。
困惑している運転手。
(…やっちまった、寝過ごした…)
きっと最後、乗客がいないか確認したときに松浦がいる事に気づいたのだろう。なかなか起きない松浦を起こしに来たのだ。
(…と言うことはこいつが)
目の前にいる運転手が、お気に入りの双海である事に気づいた。真正面から見た双海はかなりの童顔で、下手したら大学生に見えた。
「あ、あのすみません。俺寝ちゃって…」
あわてて鞄を持ち、起き上がる。
「大丈夫ですか?かなり寝入っておられましたけど」
いつも車内アナウンスで聞く声だ。おっとりとした、少し幼い声。
「酔ってはないんです…残業で疲れてしまって、つい」
「…ああ、それはお疲れ様です」
双海は微笑みながらそう言う。いつも降車する時に言ってくれる言葉を聞いて松浦はなんとも言えない気持ちになる。
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