浅き夢見し頃に囚われて

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「──今日から経理課に配属されることになりました、真継(まつぎ)いろはです。よろしくお願い致します。」 「羽入(はにゅう)静香(しずか)です。私が指導係だから、私に着いて覚えてもらうことになるわ。よろしくね。」 「はい、よろしくお願いいたします。」  5月のゴールデンウィーク明け。新入社員である私は、新人研修を終えて経理課に配属されることになった。  先々月の大学卒業した春休み合コンラッシュで出会った彼から、連絡が来ていたかどうか分からない。案の定、色んな人から連絡が来ていて訳が分からないことになっていたから、どうしようもなかった。自分のだらしない人間関係に嫌気が差した、という訳でも無いけども。なんとなく、あの日以来どうしても彼氏探しもとい男漁りしに行く気になれなかった。  入社式の1週間前に、衝動的に新しいスマホを契約した。友人以外は新しい連絡先を教えずに事実上切ることにした。気になるあの彼とも連絡が取れなくなるが、そもそもどれがその彼か分からないのだから致し方ないと割り切るしかなかった。 「真継さん、良かったら一緒にお昼食べましょう。社食に行く?」 「あ、是非!本社勤務なら社食たべたいって思ってたんです。」 「うちの社食は美味しいわよー、それに他の課の人間も居るから面白いの。紹介するわね。」  午前中、色々な伝票や書類の処理を教わっていたら、あっという間に昼休憩の時間になった。その中で感じたのはどうやら、私の指導係の羽入さんとは上手くやっていけそうだということ。良かった、とほっと胸を撫で下ろしながら、羽入さんを追いかけた。  社員食堂は、そこそこの広さがあって、時間も時間なのでわいわいとした喧騒に包まれていた。記念すべき一回目の社食は、日替わりA定食にしたら、どうやら生姜焼き定食だった。肉々しいな、と思いつつ席を探している羽入さんに着いていくと、息を止めた。 「倉光(くらみつ)くん、社食にいるなんて珍しいわね。」 「ああ、やっぱり新人には社食を紹介しておこうかと思って。」 「私も同じ。新人ちゃんに紹介するために来たの。」  同じく席を探していたであろう、男2人組みに声を掛ける羽入さん。2人とも見覚えがある。片方は、同期の……確か、支倉(はせくら)くんだ。グループワークで1回一緒になった。もう片方の人は……、と思考が飛びかけたが声を掛けられたので慌てて意識を戻す。 「確か、真継さんだよね。覚えてる?支倉(はせくら)冬二朗(とうじろう)です。」 「覚えてるよ。支倉くん、有名だもん。どこに配属されたんだっけ?」 「営業一課。あ、この人は俺の指導係の倉光さん。」 「倉光(くらみつ)達己(たつき)です。」 「真継いろはです。よろしくお願いします。」  あえて、初めましてとは言わない。私に気付いているのかな、と倉光さんを伺うと、目を見開いて驚いているようだった。気付かれた、と気まずく思っていたら一緒に昼食を食べることになった。マジか、と頬を引き攣らせた。  合コンで会った気になる男と会社で会って、一緒に昼食をとるとかなんの罰ゲームだろう。
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