浅き夢見し頃に囚われて

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 そうはいっても、連絡先を捨ててしまった相手と何かある訳ではなく。私は初めて経験する社会人、慣れない経理の仕事に忙殺された。新人だからと気を遣われて、定時で退勤出来ているとはいえ、初めてのことに疲れ果てていた。だから、休日である土曜日も家でぼうっとしていた。  古いスマホは、なんとなく捨てづらくって放っておいていた。気になってスマホの電源を入れると、メールやメッセージアプリを立ち上げる。SIMカードが入っていないとはいえ、Wi-Fiに繋げば少なくともメッセージアプリは動く。友達は新しいアカウントを教えていたから、メッセージが来ていたのは男からばかりだった。 ――『T.Kuramitsu』 (わわっ、本当に連絡してくれていたんだ。)  どうやら、倉光さんらしきアカウントから、いくつかメッセージが届いていた。「無事帰れたか」、「今度会わないか」、「返事待ってる」、などなど。どうやら有言実行で、本当に連絡をくれていた。返事しなかったのは勿体なかったな、ちゃんと確認すれば良かった、でも既読つけたら面倒くさい場合もあるしなぁ、なんてぼんやり思う。やっぱり、勿体なかった、とちょっぴり悔しく思いながらスマホを放った。  しばらくして、ぴこん、とメッセージが届く音がした。 「すみません、お待たせしました!」 「大丈夫、俺も今来たところだから。」  なぜか私が既読をつけたことに気付いたらしい倉光さんは、今日会えないか、とメッセージを送ってきた。新しい番号とアカウントを教えると、改めて連絡が来て会おうと言われた。慌てて支度をして、指定された駅前にのこのことやってきて今に至る。念のために替えの下着は鞄に忍ばせておいた。いらぬ心配だと思うけど、やっぱり気にしてしまう。 「まさか連絡先が変わってると思ってなかったよ。」 「社会人になるし、心機一転と思って全部変えちゃってて……。」  どうりで返事がない訳だ、なんておどけて言われて苦笑を返した。  夕飯にはまだ早い時間なので、カフェに入ってお喋りすることになった。話題の中心は、会社のことで。慣れたか、困ったことはないか、なんて先輩として世話焼きな面を見せられながら無難に返していく。実際、羽入さんにはよくしてもらっていて私が体力ないこと以外は特に困ったことはなかった。 「私ばかり話してしまってすみません。」 「いやいや、先輩の特権だよ。可愛い後輩のためなら構わないさ。」 「そう言ってもらえると助かります。」 「――ねぇ、今夜って時間ある?」  脈略もなく熱のはらんだ視線で射ぬかれて、思わずはっと息を呑んだ。でも、答えは決まっていた。
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