赤い砂と銀の糸

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『あなたたちは強く生きるの。誰にも負けない心を持って』 『こら! 貴重な食べ物なんだからみんな仲良く分けるのよ。……シンは食べるのが下手ねえ。口についてるわよ』 『おやすみ、シン……大丈夫。あなたが眠るまで傍にいるわ』  眠れないと言えば、あたたかな手でいつまでも頭を撫でてくれていた。  優しくて、名前も顔も知らない本当の母がこの人だったらと何度も願った。  ――どうやって生きていけばいいのか。仲間を、彼女を失った今。あの幸せな日々が、いつまでも続けばよかったのに。 『は、はぁ……ッ逃げて、みんな、シン……生きて……ッ!』  繰り返されるおだやかな日常は、突然壊された。  貧しいシンたちを襲ったのは、同じように飢えで苦しむスヴェーク人だった。彼らはシンたちの家からほんの少しの食糧と、命を貪り去っていった。  ――たったひとり、アイリスが覆いかぶさったおかげで凶刃から逃れたシンを残して。 「ッ……!」  冷たくなっていくアイリスやみんなの亡骸を思い返し、吐き気が込み上げる。  だが、それよりも強い痛みを腹部に感じて飛び起きた。  墓標だけが立ち並ぶそこに、幾人もの気配を感じる。 「やっと見つけたぞ、クソガキ!」 「お前ら、昼間の……」   腹を蹴られたのだと察するとともに意識が飛んでしまいそうな痛みを堪え、傍の槍を手に取った。  ひとり残されたシンは瓦礫を削って折れ木に括り付けただけの簡素な槍を武器に戦い、盗みを働いていた。  アイリスが生きていたら、絶対に許さなかったであろう生き方。けれど、彼女の最期の言葉を守るためには――生き延びるためにはやらなければならなかった。  たとえ、同じように飢えに苦しむ者が相手でもやらなければやられる。幼いながらもシンは身を以って知っていた。 「な……やめろよ! それに手ぇ出すな!」  数人がかりで襲い掛かられ、応戦する間に見えたのは――残りの男たちがみんなの墓を蹴り倒していく様だった。  砂を固め、木の屑で作っただけの墓標は見る間に形を崩していく。
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