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「まず一つ目。君たちは《マッド・ハッター》が完成したからわたしがアリスを連れてこさせたのだと思っているのだろうが、それは違う」
「どういうこと?」
ハナコが訊く。
「《マッド・ハッター》は未だ七割程度しか完成していない。それどころか、ヒサト・メンゲレが言うには、《マッド・ハッター》を我々のアジトの設備で完成させることはとうてい不可能らしい」
「じゃあ、なんで?」
「数ヶ月前から、連日に渡って、われわれ《赤い鷹》関連の報道がされているのを知っているかね?」
「あんたらのアジトが云々ってやつか」
マクブライトが言う。
「そうだ。各地に散らばった《赤い鷹》のアジトが政府軍によって急襲され、そのおよそ半数がすでに壊滅させられている。政府軍の情報源は定かではないが、おそらくは身内に《裏切り者》がいるのだろう。いずれにしろ我々は抜き差しならない状態にある」
「ヤケクソで戦争を起こそうとしてるってわけ?」
「身も蓋もない言い方だが、まさしくそのとおりだよ。アリスの犠牲もやむをえんと言った理由がそれだ」
アンバ山での推理とはズレが出てきているが、それでも《赤い鷹》が戦争を引き起こそうとしている事実になんら変わりはない。
「あんたらの事情はあんたらの事情だ。あたしには関係ない」
「同情を誘おうと考えたわけではないが、きみの言うとおり、わたしにはわたしの事情がある」
ハナコを見据えるムラト。
「とにかく時間がない。それがわたしの事情だ」
言って、ムラトがトキオに視線を移した。
「重ね重ねすまないが、内ポケットから取りだして欲しい物がある」
その言にしたがってトキオが内ポケットから取りだした物は、中が三つに仕切られた半透明のピルケースで、それぞれに色の異なる五つの錠剤が入っていた。
「これは……」それを見てマクブライトが眉間にしわを寄せる。「デノパミンにジギタリス、それに利尿剤だな」
「ほう、詳しいのかね?」意外そうにして言うムラト。
「薬学をすこしばかりかじったことがある。これは心臓病の薬だろ?」
「そのとおりだ。あいにくと門外漢なので詳しくは分からんが、メンゲレ博士が言うには、わたしは、もうあまり長くはもたんらしい」
深刻なことでもないように言うムラト。
「つまり、あんたもヤケクソだってことかよ」
「いや、わたしは冷静だよ」
ムラトがその先に続けた事実は、意外にもハナコたちと同様、ムラト――と、数人の賛同者たち――もまた、《マッド・ハッター》の破壊を目的として動いているというものだった。
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