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「ほう。それでは、絶好の機会をみずから放棄することに対して、どのような落とし前をつけるおつもりか?」
「代表を辞し、アリスとともに〈赤い鷹〉を去るつもりだ」
「ハッ」吐き捨てるように笑い、「今さら呑気な隠居生活でもはじめるおつもりか?」と、スズキは忌々しげに吐き捨てた。
「受け取り方は自由だが、そのあとは君に〈赤い鷹〉の代表を任せるつもりだ。陣頭指揮を執るだけの時間も体力も残されていないわたしにできるのは、〈マッド・ハッター〉を破壊し、アリスが政府に奪還されぬよう尽力することだけだ。そのためにわたしは危険を冒してまでアリスをここへ呼び戻した」
「それは間違っている。おれは――」
「いいかげんにしろよ、おっさん」割って入るハナコ。「子ども使ってまで戦争を起こしたいのかよ?」
「……運び屋か。貴様のような〈ゴミ漁り〉に何がわかる?」
「あたしに分かっているのは、ムラトのおっさんが、あたしたちと同じ考えだってことだけだよ」
スズキの眼光に怯むこともなく睨みかえすハナコ。
「……病気のことはおれも重々承知している。だからこそ開戦を早めなければならないのだ。そんなことも分からんのか?」
「分からないし、分かりたくもないね」
「時期尚早だよ、スズキ」ムラトが言う。
「いや、今をおいて他にはありません」
「ちょっといいかね?」ヒサトが言う。「〈マッド・ハッター〉は未完成品。〈赤い鷹〉の兵力は半数以下にまで減じてしまっている。いま戦争を始めたところで敗北は九分九厘まちがいないぞ」
「我々には信念がある」
「信念で勝てるのなら、戦略は存在せんよ。戦争は頭でするものだ」
ヒサトの言葉に鼻を鳴らすスズキ。
「代表、なによりも残念なのは、十年以上も仕えてきたおれではなく、〈赤い鷹〉に入って五年そこそこのガリイや、その科学者くずれのほうをあなたが選んだことなんですよ。おれには、どうもその二人が信用できない」
「元政府軍だからか?」
「そうです。その他に理由が必要ですか?」
「……昔ならば、きみの意見に心を動かされていたのかもしらんな。だが、今のわたしは、平和的な解決のほうをこそ望んでいるのだよ」
「すっかり、牙を抜かれてしまっているということですね」
「はじめから牙なんてないさ。わたしは獣ではなく人間だ」
「……」
無言のまま、ムラトを睨みつけるスズキ。
「まだ遅くはない。気持ちは変わらないか、スズキ?」
「……いずれにしろ、この状況では手も足も出せない。おれがいくら反対したところで破壊計画に支障は来さないでしょう?」
「そのとおりだ」ムラトが言う。「しかし、残念だよ」
話は終わりだとばかりにため息をついたムラトは、雑居房をはなれて奥の部屋へと向かった。
「目的は一つでも、手段までをも統一するのは困難だな」
悔しそうに独りごちるムラト。その眼前には重厚な赤銅色の鉄扉があり、横には網膜認証式のロックが備えつけられていた。
「しかし、よくこんな設備をもっているな」マクブライトが言う。
「ここは、現在では使われていない秘密研究施設の一つだ」ヒサトがそれに応える。
「この国では、忌まわしいことに秘密裡の研究がいくつも行われてきたからな。アジトの三分の一がここのように政府に捨てられた施設なのだよ」
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