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ハナコの言葉に応えることもなく、ネロは視線をムラトにうつした。
「まさか、かつての英雄がここまで老いさらばえているとはな。お前はもはや、軍人ですらない」
「なにが言いたいのだ?」
「もう少し楽しませてもらえると思っていただけだ」ため息をつくネロ。「まあいい。アリスと〈マッド・ハッター〉は頂いていく」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」ヒサトが口を開く。「わたしでなければ、〈マッド・ハッター〉を正しく動かすことはできない。そ、それに〈マッド・ハッター〉は未完成品だ」
「ほう、この期に及んで命乞いか。裏切り者を一緒に連れて行けと?」
「そ、そうだ。わたしはコレの研究さえできれば、どちら側につこうと、かまわないんだ」
「愚かなことを」
言って、ムラトが首を振った。
「黙れよ、ジジイ!」
トンプソンに腹を蹴り上げられ、ムラトがうめき声とともに倒れこんだ。
ムラトを何度も蹴りつけるトンプソンを、
「おい、そのへんでやめておけ」
と、ネロが止める。
「……ひとつ、良いことを教えてやろう。〈446部隊〉は政府の側ではない」
「なに?」
戸惑うヒサトと同様、ハナコにも言葉の意味することが分からなかった。
「正確には、アリスとその装置の存在を知ってから、政府の側ではなくなったと言うべきだな。もともとガリイは、各地に潜伏する〈赤い鷹〉の居場所を探らせるために潜入させたのだが、そんなことはどうでもよくなるくらいの情報だったわけだ」
「クーデターでも起こすつもりか?」
早くも察したマクブライトが言う。
「ああ、そうだ。表向きにはガリイから得た情報をもとに〈赤い鷹〉の殲滅作戦を行いつつ、長いあいだこの機をずっとうかがってきた。すべてをやり直す機会を、な。〈446部隊〉は、そのためにおれが一から作り上げた組織だ」
「洗脳された部隊だと聞いていたが」
「……詳しく話すつもりはない。とにかく、我々はアリスを使って、クニオ・ヒグチだけでなく、国中の〈以前〉からの大人たちを皆殺しにする」
「だとしても、いや、だからこそわたしが必要なはず」
「はじめからそのつもりだ。貴様は我々とともに来てもらう」
ネロが口の端を歪めた――
――その時、遠くから太鼓のような音が聞こえ、ネロの後方の瓦礫が爆発とともに吹き飛んだ。
何人かの〈446部隊〉も、爆発に巻き込まれて吹き飛んでいく。ハナコは、その隙を見逃さなかった。狼狽えながらもムラトたちに銃を向けた兵士へと目掛けて走り、特殊警棒でその顎を薙ぎ、立ちはだかるトンプソンと対峙した。その間にもあちらこちらで爆炎があがり、兵士たちが吹き飛んでいく。
「何度も何度も邪魔しやがって。もういい加減に諦めろ、小娘!」
「諦めるのは、あんただよ!」
言い終わらないうちに、ハナコは体を回転させて特殊警棒をトンプソンの顎を目がけて薙いだ。トンプソンは寸でのところで特殊警棒をかわし、ハナコのみぞおちを狙って右拳をくり出した。ハナコは上半身を地面スレスレまで伏せ、かわされた拳をそのまま振り下ろそうとするニコラスの股間を蹴り上げた。
「ぐあああああ!」
股間をおさえて前かがみになったトンプソンの顔面へ、ハナコは渾身の右ストレートをぶち込んだ。のけぞり、そのまま大の字にノビるトンプソン。
周りでは爆炎が上がり、廃船の陰でどこからか飛んでくる砲弾から身を隠すトキオたちの姿が見えた。ハナコは混乱の中をくぐり、トキオたちのもとへ駆け寄った。
「ネエさん、な、なにが起きてるんです?」
「分からない。だけど、今ならアリスを——」
――言いながら視線を向けた先には、左腕で胸の前にアリスを抱えたネロの姿。その右手には拳銃が握られている。
「ギリギリだったが、どうやらおれの勝ちのようだな」
額にいくつかの汗を滲ませながらも、勝ち誇った顔でネロが言う。
「てめえ……」
すでにハナコの怒りは最大限に達していたが、動きようがなかった。
と、その時、
『いや、ワシの勝ちだ』
と、不快な電子音がハナコの背後から聞こえた。
振り向くと、そこにいたのは――
――ピクシーだった。
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