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「……やれやれ、慇懃無礼な男たちだ。おい、もういいぞ」
言って、ドンは煙草に火をつけた。
隣室から出てくるハナコとトキオ。
「話は聞いていたか?」
「ああ。なんで政府軍の奴らが?」
「事情を聞く。座れ」
ハナコの質問を無視し、ドンが重く命令する。
渋々とソファに座ると、二人を挟むようにして、無表情のまま双子が腰を下ろした。
双子の名は、キン・ドゥとギン・ドゥ。
ドンがイェンロンファミリーの頭目だったころから、その護衛をしていた二人で、ドンがファミリーを離れる際に「忠臣は二君に仕えず」と、ともに組織を抜けてついてきた、忠義にあつい男たちである。ハナコは、この寡黙な双子の声を、ほとんど聞いたことがなかった。なにごとにも動じず、ドンが運び屋チームの中でも特に信頼を寄せているこの《双子》は、運び屋仕事のほかに《用心棒》も生業としていて、引く手あまたらしい。
ハナコたちを挟んだ双子は、今日も、未だに一言も発していない。
「まず、どうしてお前たちは、警備員の制服を着ているんだ? それにここへやって来たときは、ずぶ濡れだったしな」
「とにかく脱出しなきゃって色々とやっていたら、こんな感じになっちまったんだよ。これでも大変だったんだからな。スプリンクラーまで回っちまうし」
憮然として答えると、ドンは呆れたと言わんばかりに、かぶりを振った。
「逃げずに事情を説明しようとは思わなかったのか? 容疑者になっているんだぞ。しかも警備員にケガまで負わせたそうじゃないか」
「あたしはバカだから、体が勝手に動いちゃったんだよ。あの娘をツラブセに置いていくのは、なんかマズイような気がしてね」
「まったく、いつもどおりの無鉄砲さだな。だが――」
不味そうに紫煙を吐くドン。
「――今回ばかりは正解だったようだ」
「どういうこと?」
「そのままツラブセに置いていたら、あの少女は政府軍のヤツらに攫われていただろう」
言われ、ハナコは隣室のベッドに寝かされている少女を思った。
「たまには教えてよ、全てをさ」
「……そうだな。まず結論から言うと、危険ではあるが、今回の依頼は引き受けることにした」
「事なかれ主義のオヤジにしては珍しいね。そんなに報酬がいいわけ?」
「ああ、ツラブセでのトラブルのことを考えると、あまりにもリスクが高いんで断ろうと思っていたんだが、お前らがここへ辿り着く二時間前に、依頼主から連絡があってな。そこで、当初の五千万サークを上回る報酬を提示された」
金額に息をのむトキオ。しかし双子は無表情のまま。
「当初はってことは、今は?」
「倍の一億だ」
金額にトキオがツバを飲み込んだ。だが双子は微動だにしない。
「そんな金額って…… いったい誰に引き渡そうっての?」
「《赤い鷹》だ」
言って、ドンはゆっくりと紫煙を吐き出した。
「……見損なったよ」
落胆し、ハナコは、ソファの背もたれに深く身を沈めた。
十九年前、クニオ・ヒグチの独裁政治に異を唱える者たちにより組織された、反乱軍――《赤い鷹》――は、政府と幾度も武力衝突を繰り返しながら、いまだ地下に潜伏して活動を続けている。
五年前に勃発した《血の八月》は、その当時、九番に潜伏していた《赤い鷹》が、ツラブセの英雄たちの抹殺計画を実行したことにより引き起こされた武力衝突であると、政府の公式発表がなされている。
計画阻止のために進軍した政府軍と《赤い鷹》の武力衝突により、九番は阿鼻叫喚の地獄絵図に変わり、ハナコはお母さんを失い、ドンは長女と左足の自由を奪われた。
ハナコにとって《赤い鷹》は憎むべき仇敵であり、直接的な関係がないにも関わらず、最も被害を出した九番の住民たちにとっても、それは同様だった。
同様のはず――だった。
ハナコと同じく、《血の八月》によって、身の回りのあらゆるモノを無慈悲にも奪われたドンが、そもそもの原因を作り出した《赤い鷹》と、仕事上とはいえ関係を持っていたという事実に、ハナコは動揺を隠せなかった。
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