7:二組の侵入者

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「そう()ねるな。依頼主のムラト・ヒエダとは昔からの顔なじみで、いくつか借りもあるんだよ」 「ムラト・ヒエダって…… 副総統ですか?」  トキオが、額の汗を拭って言う。  その大きな名前に、鉄面皮の双子までもが、そろって右の眉尻を吊り上げた。 「副総統だ」  《クニオ共和国》の元副総統にして、《赤い鷹》のリーダー、ムラト・ヒエダ。  かつての独立戦争において、最も武功を上げた、まさしく英雄の中の英雄であり、《以降》では、偉大なる総統クニオ・ヒグチ様の右腕として、戦争で培った辣腕(らつわん)をふるい、戦後復興および新国家建造に最も深く関わった傑物(けつぶつ)でもある。  その後、詳細な理由は明らかにされてはいないが、新政府樹立より二十一年後にクニオ・ヒグチと(たもと)を分かち、反乱軍、《赤い鷹》を組織。  現在では、国民から、忌避(きひ)畏怖(いふ)や憎悪などのあらゆる穏やかではない感情をもってして、《悪漢の中の悪漢》と呼ばれている。 「リーダー直々の依頼ってわけね。で、肝心なところをまだ聞いてないよ。あのコは、なんなの?」 「ムラトの娘だ。ツラブセに(かくま)われたのは、約四年前だそうだ」 「ってことは、まさか知らなかったわけ?」 「ああ。おれがファミリーを引退し、《朔日の六傑会》を退会したあとの話だから、今回の依頼を受けるまで、少女の存在は(つゆ)ほども知らなかったよ。ツラブセが息子の管理下ならば、情報が降りてきたのかもしらんが、あいにくと、あそこの管理責任者はムゲン・モチダ」 「……どっちにしろ、四年も匿われていたムラト・ヒエダの娘を、今ごろになってなぜか政府軍が狙ってるってわけね」 「そう簡単なハナシでもなさそうだがな」 「どういうこと?」  煙草を灰皿に押しつけ、ドンは深いため息をついた。 「問題は、その事件をのが、政府軍だったか否かだ。ヤツらが血眼になってまでお前らを追っているのが、すこし不自然な気がしてな」 「あの、それが少し……いや、だいぶ変なんですよ」  トキオが恐る恐る発言する。  ドンが目顔で続けるよう促した。 「あのですね、あのとき、確かに6015号室から、黒い軍服の男たちが廊下に出てきました。おそらく彼らが政府軍の人らでしょう。だけどその前に、壁をぶち破って、黒いスパイスーツのヤツが突如として現れたんです」 「それも政府軍の者ではないのか?」 「いえ、そのあと、二名の軍服が奥のドアから現れたんですが、そいつら、そのスパイスーツに銃口を向けたんです」 「軍服とスパイスーツはべつか」 「ええ。つまり、」 「そして明らかに敵対していたということか。恐らく、二組とも、狙いはあの娘だろうな」 「ええ。そのあと廊下は銃撃戦になったんですが、そのスパイスーツは見たこともない動きで、廊下にいた警備員たちを殺していきました。6015号室にも軍服やら黒服やらの死体が転がっていたので、それも多分、そいつがやったんでしょう。ムゲン様も殺されたし、殺されかけた」 「まるでバケモノだな」  ドンが息を漏らす。 「ピクシーだよ」  身を乗り出して、ハナコが言う。
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