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「そう拗ねるな。依頼主のムラト・ヒエダとは昔からの顔なじみで、いくつか借りもあるんだよ」
「ムラト・ヒエダって…… 副総統ですか?」
トキオが、額の汗を拭って言う。
その大きな名前に、鉄面皮の双子までもが、そろって右の眉尻を吊り上げた。
「元副総統だ」
《クニオ共和国》の元副総統にして、《赤い鷹》のリーダー、ムラト・ヒエダ。
かつての独立戦争において、最も武功を上げた、まさしく英雄の中の英雄であり、《以降》では、偉大なる総統クニオ・ヒグチ様の右腕として、戦争で培った辣腕をふるい、戦後復興および新国家建造に最も深く関わった傑物でもある。
その後、詳細な理由は明らかにされてはいないが、新政府樹立より二十一年後にクニオ・ヒグチと袂を分かち、反乱軍、《赤い鷹》を組織。
現在では、国民から、忌避や畏怖や憎悪などのあらゆる穏やかではない感情をもってして、《悪漢の中の悪漢》と呼ばれている。
「リーダー直々の依頼ってわけね。で、肝心なところをまだ聞いてないよ。あのコは、なんなの?」
「ムラトの娘だ。ツラブセに匿われたのは、約四年前だそうだ」
「だそうだってことは、まさか知らなかったわけ?」
「ああ。おれがファミリーを引退し、《朔日の六傑会》を退会したあとの話だから、今回の依頼を受けるまで、少女の存在は露ほども知らなかったよ。ツラブセが息子の管理下ならば、情報が降りてきたのかもしらんが、あいにくと、あそこの管理責任者はムゲン・モチダだった」
「……どっちにしろ、四年も匿われていたムラト・ヒエダの娘を、今ごろになってなぜか政府軍が狙ってるってわけね」
「そう簡単なハナシでもなさそうだがな」
「どういうこと?」
煙草を灰皿に押しつけ、ドンは深いため息をついた。
「問題は、その事件を実際に引き起こしたのが、政府軍だったか否かだ。ヤツらが血眼になってまでお前らを追っているのが、すこし不自然な気がしてな」
「あの、それが少し……いや、だいぶ変なんですよ」
トキオが恐る恐る発言する。
ドンが目顔で続けるよう促した。
「あのですね、あのとき、確かに6015号室から、黒い軍服の男たちが廊下に出てきました。おそらく彼らが政府軍の人らでしょう。だけどその前に、壁をぶち破って、黒いスパイスーツのヤツが突如として現れたんです」
「それも政府軍の者ではないのか?」
「いえ、そのあと、二名の軍服が奥のドアから現れたんですが、そいつら、そのスパイスーツに銃口を向けたんです」
「軍服とスパイスーツはべつか」
「ええ。つまり、ツラブセへの侵入者は二組いた」
「そして明らかに敵対していたということか。恐らく、二組とも、狙いはあの娘だろうな」
「ええ。そのあと廊下は銃撃戦になったんですが、そのスパイスーツは見たこともない動きで、廊下にいた警備員たちを殺していきました。6015号室にも軍服やら黒服やらの死体が転がっていたので、それも多分、そいつがやったんでしょう。ムゲン様も殺されたし、ネエさんでさえ殺されかけた」
「まるでバケモノだな」
ドンが息を漏らす。
「ピクシーだよ」
身を乗り出して、ハナコが言う。
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