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9:検問所
「へえへえ、どうもご苦労様です」
マクブライトがゴマすりの笑みを顔に浮かべながら通行ビザを取りだし、炎天下で汗みずくの民警に手渡した。
「ランク《特A》か。なんで、お前がこんな物を持っている?」
ビザを矯めつ眇めつしながら、民警が言う。
「まあ、色々と頑張りましたからね。言っときますが、偽物じゃないですよ」
「……ドン・イェンロンのお墨付きか」
「へえ。すいませんが、ちょっと急いでいるんですがね」
「まあいい。有効期限は十四日だ。検める」
「これで、お手柔らかに」
マクブライトが、慣れた手つきで茶封筒に入った袖の下を渡そうとすると、民警は汚れ物でも扱うかのようにそれを手で押し戻し、
「今日は媚びてもどうにもならんぞ。荷の検査は絶対だからな」
と、忌々しげに言って、地べたに唾を吐き捨てた。
「ありゃ、いつにもまして厳しいですねえ」
とぼけ面で茶封筒を懐にしまうマクブライト。
「なにか、あったんですか?」
「指名手配がかかっているヤツらがいてな。九番から脱出する恐れがあるんだよ」
「おれは関係ないっすよ。どう見ても善人ヅラでしょうが」
「どういうのを善人ヅラというのか知らんが、お前はどう見ても悪人ヅラだよ。御託はいいから、さっさと見せろ」
額の汗をぬぐい、民警が幌つきの荷台を顎で指す。
マクブライトが、汗ばむスキンヘッドを撫でながら軽トラックから降りて、幌つきの荷台を覆う茶ばんだ幕をまくり上げると、棺桶大の木箱が二つ並べられ、その上には、もう一回り大きい木箱が載せられていた。
マクブライトをどけて、荷台に近づいた民警が顔をしかめる。
「おい、なんなんだ、この臭いは?」
「ありゃ、知らないんですか?」
マクブライトが木箱を開けると、中には、両端が縛られた紡錘状の藁包みがぎゅうぎゅうに詰められていた。
漂う異臭に、民警がさらに顔をしかめる。
「これは、ナットウといって、五番で作られている、大豆を発酵させた健康食品ですよ。食べりゃ、鼻血が出るほど元気モリモリ100%っす」
「これをどうするつもりだ?」
鼻をつまみながら、民警が言う。
「いやね、これを売りさばこうと思って五番から大量に仕入れた、酔狂なんだかバカなんだか分からない卸業者がいたんですが、これがまたまったく売れずに発酵をとおりすぎちゃいましてね。そこでおれに『八番街の産廃場に捨ててきてくれ』っちゅう、どうにも臭い依頼がまわってきちゃいまして。その卸業者、イェンロンファミリーの息がかかった野郎なもんで、断るに断れないですし、困ったもんですよ。服にまで臭いが染みついちまってる。嗅ぎます?」
マクブライトに近づけられたシャツの襟口を警棒で押し返した民警は、癖なのかふたたび唾を吐き捨て、
「下の二つも見せろ」
と、命令した。
「下もナットウですよ」
「いいから見せろ!」
怒鳴りつけた民警は、睨むように視線を背後に走らせた。そこには、軍製のいかつい機関銃を肩から提げた二人の軍服の姿。鬼の鍛錬の成果なのだろう、民警とはちがい二人ともこの茹だるような暑さを感じていないかのような鉄面皮。
チラと見て、
「政府がからむような事件なんですか?」
と、マクブライトが小声で訊ねる。
「お前には関係のない話だ。めんどくさいことになりたくなかったら、とっとと見せて、さっさと失せろ」
民警は、軽トラックのうしろにならぶ検問待ちの長い車列を見やってため息をついた。その間に、マクブライトが積み重ねられた上の木箱を持ち上げようとし、ウンウンと情けない声をあげる。
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