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「ダメだ、一人じゃビクともしませんぜ」
マクブライトに助けを求められ、一つ舌打ちをした民警が荷台に乗り上げて木箱の向こう端を持った。しかし木箱はびくともせず、民警の額にふたたび汗がどっと噴き出す。
「なんでこんなに重いんだ?」
「だから、まったく売れなかったからですよ」
マクブライトが、黄ばんだ歯を剥いて笑う。
じれたうしろの車がクラクションを鳴らし、それに呼応して、ほかの車もブーブーと大合唱を始めた。どこからか聞こえてくる蝉の喧しい鳴き声と相まって、場がまるでお祭り騒ぎのようになっていく。
「もういいんじゃないですか? どうせ下も同じですよ」
「黙れ」
つぎの瞬間、民警の言葉をかき消すかのように、かわいた銃声がふたつ鳴り響いた。
軍服の一人が、空に向かって威嚇射撃をする音だった。
一斉にクラクションが鳴りやむ。
「あいつらに同じことを言ってみな」
と、民警がほくそ笑む。
「体に穴を空ける趣味はないんで、遠慮しときますよ」
言って、マクブライトが額の汗を拭った。
その時、
「いたぞ!」
双眼鏡を覗いていた軍服が叫び、数十メートル離れた廃ビルを指さした。
その屋上から、三つ編みの女と片目にアイパッチの男が、軍服をあざ笑うかのように見下ろしていた。他の検問所の軍服や民警たちも、屋上を見上げて俄に色めき立つ。甲高い呼子笛の音が鳴り響き、各検問所に配備された軍服がいっせいに廃ビルに向かう。
突然のことにあたふたとする民警に、再びクラクションが攻撃を始めた。
「いいんですか? 手柄とられちゃいますよ」
すっとぼけた調子でマクブライトが言う。
「くそ、行け! 分かっているとは思うが、このビザの有効期限は十四日間だからな」
言って、民警も廃ビルへ向かった。
「耳タコですよ。じゃあ、よい一日を」
仰々しい赤錆びた鉄の通用門が開き、マクブライトは、開閉係をおちょくるように敬礼して、軽トラックを走らせた。
◆◆◆
九番を出たマクブライトは、それから工場地帯である八番街の産廃場には目もくれずに走り抜け、七番街の手前の草原まで来て、ようやく軽トラックを停めた。
そして荷台に向かい、上に積み重ねられた木箱を、さきほどとは打って変わって軽々と持ち上げて地べたに置いた。
「もういいぞ」
手前の木箱がひらき、中から顔を出すトキオ。
「あちー。死ぬところですよ」
言って、トオキオが奥の木箱を開けると、その中から、ともに汗だくのハナコとアリスが顔を出した。
「くそ、オヤジもろくな計画を立てないな」
しかめっ面で、荷台から降りるハナコ。
「だがドンさんのおかげで、お前らは外に出られた」
緊張から解放されたのか、マクブライトは火をつけた煙草を旨そうに吸い、紫煙をゆっくりと吐き出した。
「ふん」
鼻を鳴らし、ハナコは足の裏に地面を感じながら空を見上げた。
四方に壁のない空。
ゴミひとつ無いキレイな草原。
なにもかもが、初めてだった――
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