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「あの、おれたちはなんで呼ばれたんすか?」
ソファに座るケンジが眉間にシワを寄せて訊いた。そのとなりで『ずっとお城でくらしてる』というタイトルの小説を読みふけるチャコは、相変わらず興味がないといった表情。
「お前たちにも突破の作戦に加わってもらう」
「えー、なんでおれたちが? こいつらを助けるなんて――」
「報酬は弾むさ。この仕事はなんとしてもやり遂げねばならん」
遮ったドンの言葉の力強さにケンジは黙り込んだ。
「わたしはなんでもやりますよ。ハナコのことは好きだから」
小説を閉じてチャコが言い、その言葉にケンジが歯がみしてハナコをにらみつけてきた。
ハナコはケンジをにらみ返しながら、チャコの思いがけない言動に少しだけ戸惑っていた。
四つ年上のチャコは、《血の八月》で孤児になり、そのままドンに拾われたという同じ境遇の持ち主だが、チャコの生き方は、気持ちのいいくらいにハナコとは正反対だった。
“女”であることを武器にして、徹底的に男たちを利用しながら生きているチャコと、“女”であることを否定して、徹底的に男たちと戦ってきたハナコとでは、見えている景色も吸っている空気もちがうものなのだと思う。
以前、チャコに「わたしはハナコが羨ましい」と意味深に微笑まれたことがある。こんな不器用きわまりない生き方しかできない女のどこが羨ましいのか、その時はまったく理解できなかったし、むしろその時は、こっちの方がチャコのようになりたいとすら思ったものだ。
今でもチャコは会うたびに優しく微笑みかけてくる。ハナコもそのたびに笑顔で返そうと努めてみるのだが、勝ち気な性格が災いしてか、未だにしかめ面でうなずき返すことしかできない。
「ありがとう」
ハナコは、微笑むチャコにしかめ面でうなずき返した。
「それと、これを持っていろ」
ドンに放り投げられた物を受け取って、見ると、黄色いスライド式の携帯電話だった。
「これは?」
「一応、お前のことを信用して仕事を任せはするが、何かあったときにはそれで連絡をよこせ」
「ガキの使いじゃないんだ、あたしから連絡はしないよ」
「それでもかまわん。くれぐれも言っておくが、ホームシックにかかったところで、おれが電話越しに優しく励ますなどとは思うなよ」
ドンが口の端を緩める。
「さあ、以上で話は終わりだ。作戦決行まで各自、準備を整えておけ」
言って、アリスを見やるドン。
押しつぶされそうな現実を前にした少女は、心ここにあらずと言わんばかりに口を固く引き結び、はかなく濡れる青い目で、窓のそとを虚ろに眺めていた――
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