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荷台と車内は小窓でつながっていて、そこからそよふくエアコンの風が、わずかながらではあるが荷台を涼しくしてくれていた。だがそれでもこの茹だるような暑さは、傲慢な居候のように依然として居座っている。
おまけに木箱からは、ナットウの臭いがかすかに漂ってくる。のっけから先が思いやられるが、六番で車を調達すれば、この胸糞悪い状況ともおさらばだと考えればガマンもできる……
……だが、やはりくさい。
鼻を覆い、うなじを流れる汗を拭ってアリスを見やると、彼女もまた額に玉のような汗をかいていた。
それが、なぜだか意外だった。
まるで人形にしか見えない少女が急に生身の人間のように思え、
「大丈夫か?」
気遣って声をかけてみたが、アリスはなにも応えなかった。
「これを使いなよ」
トキオが、リュックサックからタオルを取りだしてアリスに手渡した。無言のまま受け取ったアリスは、それで額の汗を拭った。
「これも」
と言って、トキオがアリスに水筒を渡す。
「優しいんだな」
ハナコが言うと、トキオは笑いながら、
「まあ、大事なブツですからね。それに要人の愛娘ですし。ちなみに中身はお肌に良いローズヒップティーとなっております、姫」
と、おどけてみせた。
だがその言葉にも依然としてアリスは無反応で、ローズヒップティーを飲み終えると、礼すら言わず、目も合わせぬまま水筒をトキオに返した。
普段から怒りの導火線がみじかいハナコは、それに苛立ち、「礼くらい言ったらどうだ?」と叱ろうとして口を開きかけたが、わざとらしく咳払いをしたトキオに、目顔で諫められた。「この娘の気が鬱いでいるのも仕方がないことだ」とでも言いたいのだろう。
ドンに、事件のあらましと《赤い鷹》のもとまで運ぶ旨を説明されたアリスは、それからずっと口をどこかに置き忘れてきたかのように黙り込み、チャコの手によって、目立つワンピースを、動きやすいTシャツとオーバーオールに替えられ、金色の長髪を束ね上げられて、ベージュ色のキャスケットで隠しているときにすら、なすがままになっていた。
それも無理のないことだと思う。
ドンによると、いまアリスは十二歳で、四年前からツラブセに匿われていたとするならば、八歳のときからあの高い高い鳥かごの中にいたということになる。その年月を、軟禁という形とはいえ、共に過ごしてきただろう人間たちが、一夜のうちに惨殺されたのだから。
しかもアリスは、それを目撃したはずだ。
いまわの際に「この娘を頼みます」と、か細く言って事切れたあの老女は、おそらく世話係だったのだろうが、その女性が目の前で殺された場面を頭からぬぐい去ることなど、とうてい無理のある話なのだろう。
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