12:ファットマン

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「ハナコね。いい名前じゃねえか。おれは、ヤミで《ファットマン》と呼ばれている男だ。よろしく」  言って、男――ファットマンが右手を差し出してきた。  ハナコは、力を込めるとすぐにでも粉々になってしまいそうな骨と皮だけの手を握りかえし、 「そんなにガリガリなのに?」  と、さっきのお返しとばかりに皮肉めかした。 「コイツは七年前に胃癌になってな」  マクブライトが言う。 「それで胃袋の四分の三を切除したんだよ。今じゃ見る影もないが、これでも前はブタの総元締めみたいなヤツだったんだぜ」 「ブタってのはひどすぎるな。遠近感が分からなくなる程度のデブだったのは認めるが」  ファットマンは黄色い歯を剥いて笑い、壁に掛かる狙撃銃を顎で指した。 「MA―73がひとつだけある。お前のために長い間とっておいた代物だ」 「懐かしいな、どうやって手に入れた?」  マクブライトは嘆息しながら狙撃銃を壁からはずし、嬉々としてスコープや銃身を丹念にチェックしはじめた。 「トキオ・ユーノス、お前はこれを使え」  言って、ファットマンがトキオに小ぶりのアサルトライフルを手渡した。 「あんた、トキオを知ってるの?」 「六番(ここ)でトキオ・ユーノスを知らないヤツはモグリだよ、こいつは昔――」 「この銃、やけに小さいですね」  トキオがファットマンを遮るように言って、銃を眺めた。 「車での移動が多いんなら、コレがいちばん扱いやすいんだよ」  ファットマンが当然のように応える。 「六番で知らない者がいない」という過去が気になって、相棒に目を向けたが、トキオはどこ吹く風ですっとぼけていた。  ファットマンはハナコに拳銃とスタンガンを渡し、その他にトキオにもう一丁拳銃も手渡して、さらに予備として二丁の拳銃と数個の手榴弾などを用意してくれた。  正直、拳銃の扱いは苦手だ。愛用している警棒の方がよっぽど信頼ができる。しかし今回はそうも言っていられない事態になるかもしれず、この旅のあいだは、命取りになるかも知れない美学は胸にしまっておいた方がよさそうだ。  ハナコはうしろに拳銃を回してベルトとの隙間にしまいこみ、初めて触れるスタンガンを物珍しさから作動させてみると、クワガタの角のようになった先端部のあいだに青白いものが走った。 「女でも、それを使えばじゅうぶんに男と渡りあえる」  ファットマンの言葉に、 「ネエさんは、そんなもの無しでも充分ですよ」  と、トキオが笑いながら応えた。 「人をバケモノみたいに言うんじゃないよ」  トキオに言って、ハナコはスタンガンを前方のベルトの隙間に挟み込んだ。 「使える物はなんでも使うさ」  ファットマンはさらにそれぞれの銃弾をカウンターに並べ、「これだけあれば十分だろう」と言って、「全部で二百五十万サークでいいぞ」と代金を請求してきた。 「桁をまちがえてない?」 「バカ言え、かなり良心価格にしてやってるんだぜ。これだから素人は」  その言葉をいぶかってマクブライトへ視線をやると、「そうだな、良心価格だ」とうなずかれた。
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