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腑に落ちないながらも代金を支払うと、「毎度あり」と言って、ファットマンはそれを舐めた親指で丁寧に数え、壁に備えつけの、整然と札束が積み上げられた金庫へ大事そうにしまった。
「上でもなんか買ってくか? 食べ物ならなんでもあるぜ」
「いや、いい。食べ物まで高く売りつけられたくないからね」
「如才ない女だな、ハナコ」
「名前で呼ばないで」
強く言って、銃器をふたつの大きな迷彩色のバックパックに分けてしまい、一階に戻ると、遠くから打ち上げ花火の賑やかな音が聞こえてきた。
「お祭りでもやってるの?」
「ああ、今日から三日間、カーニバルだ」
ファットマンは煙草に火をつけ、「祭りのなにが楽しいのか、おれにはさっぱり分からんがな。人混みはゲロの臭いしかしない」と紫煙を吐き出した。
「最近、指名手配書なんて回ってきたか?」
マクブライトが訊く。
「いや。なんの話だ?」
ファットマンが怪訝な顔をして、ここに来てからずっとトキオのうしろに隠れるようにしていたアリスに視線を走らせた。
「そのかわいいお嬢ちゃんが関係しているのか?」
「回ってきていないのならいいさ。余計な詮索はするなよ」
「分かってる分かってる。これでもプロの端くれだ」
両手を挙げておどけるファットマン。
「まあ、なんにしろ気をつけろよ。お前ももう若くはないんだ」
「それはお互い様だ。じゃあな。行くぞ」
もう若くはない旅の同行者に促されて外に出ると、ファットマンが「またいつでも来な。お前なら大歓迎だ」と、マクブライトにしわくちゃの紙袋に入った2カートンの煙草を手土産に持たせた。
「ああ。じゃあな、戦友」
マクブライトがファットマンとあつい抱擁を交わす。
店を離れ、坂道を下った先の路地裏に停めてあった軽トラックに乗り込むと、トキオが運転席のマクブライトに、
「手配書が回ってきていないってのは、どうしてでしょうね?」
と、小窓越しに訊ねた。
「お前らを追っているとかいう政府軍のヤツら、ドンさんの話じゃ、正規軍じゃないらしいからな。ああいう特殊部隊ってのは、そもそも表向き存在しないことになってることが多いが、今回は、それがおれたちにとってプラスに働いているってことさ」
「なるほど、ヤツらは正規軍を動かせないってことっすね」
「隠密部隊の枷だな。それにまだ外に手配書が回ってきていないということは、おそらくヤツらは、まだお前らが九番に潜伏していると思っているんだろうぜ」
「その間に、あたしらはできるだけ距離を稼がなきゃ、ってことね」
「急がば回れ、まだ車の調達が終わってない」
言って、マクブライトは車の速度を上げた。
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