13:六番街

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13:六番街

 クニオ六番街は、《クニオ共和国》にあって、唯一の歓楽街である。  工業地帯である八番街の従業員たちの住む七番街、農業地帯の五番街、水産業を営む海沿いの四番街、そして、貴族たちの住む一、二番街で働く者たちが住む三番街の、それぞれの庶民たちにとっての娯楽のすべてがこの街に集まっている。  六番街の娯楽施設を仕切っている主だった二つの組織は、そのどちらもが《朔日の六傑会》に所属しており、表向き興業会社を営んでいるが、裏では違法のギャンブル場を開いて私腹を肥やしている。  ひとつの組織は六番街の中心から、となりの《ゆとり特区》へと大きくはみ出して作られた広大な《オートレース場》を経営し、もう一つはそのすぐ側にある、古代文明を思わせる様式の《闘技場(コロッセオ)》を取り仕切っている。  本来それを取り締まるべき政府は、尋常でない量の鼻薬を効き過ぎるほど効かされて、事実上この街で行われている違法賭博を黙認している状態にあり、眠らない街は今日も賑やかに人々を()とし続けている。  ハナコはかつて九番で、ヌシやバーの陽気な酔いどれたちに六番のこと――特に、かつて《闘技場》で不世出の絶対王者と(うた)われた《筋肉核融合》こと、鬼門拳使いのゴンザレス・アオキの勇姿について――を聞かされ、そのたびに《夜を忘れた街》という異称を持つ六番街に想像を巡らせていた。  だがそれでも、いま目の前に広がる虚飾の迷宮に、ただただ圧倒されていた。淡い月明かりの侘びしさを傲然(ごうぜん)()ねつける、きらびやかなネオンライトの洪水に、飲み込まれてしまいそうになる。  ここは街全体が困窮している九番とはちがい、スラムは街外れの丘陵地(きゅうりょうち)に、まるで日陰にはびこるコケのように、びっしりと小汚いバラック小屋を乱立させて存在している。  目に映る人々がみな自分と同じような境遇である《九番》と、丘の上から恵まれた人々を眼下に見下ろしている《六番のスラム》とでは、どちらがより強く、不幸という覆しようのない宿命に身を切られるような痛みを感じているのだろうか……?  ……分からない。  ファットマンの武器屋はそこにあり、向かうまでに六番のスラムの人々とすれちがったが、皆が一様に遠くのきらびやかな世界を見まいとしてか、視線を薄汚れた地べたへと落としていた。  ファットマンの武器屋を出たあと、車の調達と、六番街にある有名なストリップバーをするという名目で、マクブライトは一人でいずこかへと消え、残されたハナコたちは、トキオの提案でとりあえず集合時間までカーニバルを視察することになった。  急ぐというのに極楽とんぼな男ふたりにイラついたが、別れるときに「アリスを少し元気づけてやった方が良い」とマクブライトに耳打ちされたハナコは、不承不承(ふしょうぶしょう)としながらも、トキオとアリスを連れ立ってカーニバルが催されている六番のメインストリートへと足を伸ばしていた。
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