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黒服が拳銃をトキオに向けていることに気がついて、ゲイは「おいおいおいおい、何をやっているんだ?」と言い、黒服たちの頬を平手で張って、それを下げさせた。
「も、もう嫌だ!」
黒服の隙をついて、首輪の青年が逃げ出す。
「ふーむ」
やれやれと頭を振ったゲイが、黒服の手から拳銃を奪い取り、青年に向けた。
つぎの瞬間――
――ゲイは、さきほどからのゴタゴタを遠巻きに見ていた野次馬へ向けて、一切のためらいもなく発砲した。
一帯に鼓膜が破れてしまいそうなほどの金切り声が上がり、何人かの野次馬が血しぶきを上げながら地べたに倒れ込んだ。
終いに、逃げ出した青年が背中を撃たれてもんどり打って突っ伏し、うつぶせのまま体を痙攣させた。
通りの至るところに血だまりができてゆく光景を眺めながら、「銃は難しくて嫌いだ」と、ゲイが小さく独りごちる。
とつぜんの惨状に唖然としていると、ゲイは振り返ってふたたびトキオに視線をもどし、「よかったな、ちょうどいま首輪が空いた」と言って拳銃を放り投げ、両腕をいっぱいに広げた。
「さあ戻ってこいトキオ、元々あの首輪はお前のためのものだ」
「ふざけるな!」
「ふざける? おれがか? お前には随分と目をかけてやったってのに、そんな態度をとってるお前の方がふざけてるじゃねえか……まあいい、おれは今でもお前を――」
「黙れ!」
怒鳴り、ゲイのおぞましい言葉を遮るトキオ。
「……やっぱりそのオンナか。恋の鞘当ては、趣味じゃあねえなあ」
興を削がれたと言わんばかりに下唇を突き出しておどけたゲイは、投げ捨てた拳銃を拾い上げて、ハナコに銃口を向けた。
「お前の大切なモノは、すべて壊してやる」
言って、ゲイが引き金をゆっくりと引き絞る。
「待て!」
トキオが叫ぶ。
「おれは今、ドン・イェンロンのもとで運び屋をやっている。この人はその相棒だ。おれたちに手を出すと、さすがのお前でもただじゃすまされないぞ」
必死に諭すトキオのこめかみを、一筋の汗が流れ落ちた。
「知るか」
ドンの名にも怯まないゲイの手を、慌てて黒服がおさえた。
「邪魔だ」
イラつき、ふたたびゲイが黒服の頬を平手で張る。二度も平手をくらい片頬をすっかり赤くした黒服は、それでも手を離さず、ゲイに耳打ちをした。
「……」
渋々と拳銃を下げるゲイ。
「つくづく幸運の女神に愛されているな、トキオ。おれの気が変わらんうちに、とっとと失せろ」
すっかり落ち込んだ表情になったゲイが、追い払うように拳銃を前後に振った。
それを見て、トキオが拳銃を下げる。
「行きましょう」
トキオに従い、ハナコは警棒をホルダーにしまった。
「いずれな…… いずれお前をかならず迎えに行く」
自身に言い聞かせるようにボソリと呟き、ゲイはトキオを見つめながら首から下げた小瓶のひとつを掴み上げ、それに熱いキスをした。小瓶と唇とを、唾液の糸が結ぶ。
小瓶の中身は――眼球だった。
「……行きましょう」
もういちど言って、トキオはハナコの手を引いて脇道へと入っていった。
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